太陽の少女
最初に感じたのは、重さの変化だった。
身体に絡みついていた鎖の圧力が、わずかに弱まる。
引き剥がされるような感覚ではない。
ただ、そこにあったはずの重みが、いつの間にか薄くなっている。
レグルスは、ゆっくりと目を開いた。
呼吸を整え、指先を動かす。
魔力が、戻っている。
完全ではない。
だが、封じられていた頃とは明らかに違う。
独房の扉に目を向ける。
閉じられていたはずの石扉が、わずかにずれていた。
人一人が通れるほどではないが、確かに“隙間”がある。
レグルスは立ち上がった。
鎖に手をかけ、力を込めると、抵抗はあっさりとほどけた。
「……終わったな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
刑期が終わったのか。
あるいは、封印の効力が切れただけなのか。
どちらでもよかった。
扉に手をかけ、押す。
石は、音もなく動いた。
外は暗い。
だが、完全な闇ではない。
通路が続いている。
レグルスは、足を踏み出した。
階段は長く、上へと伸びていた。
かつては多くの人間が行き交ったのだろう。
今は、足音以外、何も響かない。
登り続けるうちに、空気が変わる。
湿り気が減り、冷たさが薄れていく。
地上が近い。
そう確信したところで、行く手は塞がれていた。
巨大な石が、蓋をするように階段を覆っている。
扉ではない。
封印でもない。
ただの、岩だ。
長い時間をかけて崩れ落ちたものだと、すぐに分かる。
レグルスは石に手を置き、力を込めた。
次の瞬間、鈍い衝撃音とともに、石は砕け散った。
破片が転がり、外の光が差し込む。
まぶしさに、思わず目を細める。
外に出る。
そこにあったのは、森だった。
木々が生い茂り、風が葉を揺らしている。
遠くには、崩れた石造りの建物の残骸。
壁だったもの。
柱だったもの。
だが、街はない。
人の営みも、国の輪郭も、どこにも残っていなかった。
レグルスは、しばらくその場に立ち尽くす。
「……そうか」
ここに、国があった。
確かに、あった。
だが今は、もうない。
痕跡だけが、静かに残っている。
レグルスは視線を上げ、空を見た。
雲が、ゆっくりと流れていた。
森になってしまった廃墟を、レグルスは歩いていた。
石畳だったはずの地面は割れ、土に埋もれている。
建物の名残は、倒れた壁と崩れた柱だけだ。
人の気配はない。
そのとき、前方から足音が聞こえた。
走ってくる。
枝をかき分け、息を切らしながら、一人の少女が飛び出してくる。
赤い髪が、ばらばらに揺れていた。
口を動かして何かを叫んでいるが、言葉が追いつかない。
ただ――
後ろを何度も振り返っている。
次の瞬間、獣の唸り声が響いた。
森の奥から、黒い影が躍り出る。
牙を剥き、地面を蹴る。
少女は、レグルスを見るなり、その背後に回り込んだ。
振り向いた拍子に、
レグルスの銀の髪が、わずかに揺れる。
縋るように、服の裾を掴む。
獣が飛びかかってくる。
レグルスは一歩も退かなかった。
拳を振るう。
それだけだった。
鈍い音がして、獣の身体が横に吹き飛ぶ。
木に叩きつけられ、地面に転がり、そのまま動かなくなる。
静寂が戻った。
少女が、恐る恐る顔を出す。
何かを話している。
早口で、息が切れている。
レグルスは一瞬、意識を切り替えた。
言葉の輪郭を探り、調整する。
「……ごめんなさい、本当に助かったよ」
「あなた、めちゃくちゃ強いねー」
軽い調子の声だった。
調整の最中、レグルスの視線がわずかに揺れた。
少女はその表情を見て、首を傾げる。
何か考えているような、
言葉を探しているような、
少し間のある顔。
「あ、まだ自己紹介してなかったね」
そう言って、軽く手を振る。
「私、リオラっていうの。よろしく」
にっと笑う。
レグルスは一拍置いてから、口を開いた。
「……オレ、レグルスいう」
発音が、わずかにずれる。
リオラは目を瞬かせた。
「あれ?」
「外国の人?」
すぐに肩をすくめる。
「まあ、それはどうでもいいか」
「それよりさ、このあたりで何してるの?」
レグルスは、少し考える。
考えてから、正直に答えた。
「さあ。わからない」
リオラは一瞬きょとんとして、
次の瞬間、吹き出した。
「変なの」
森の中に、少女の声が響いた。




