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ひみつな2人  作者: 茉莉多 真遊人


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8/8

手のひらには映らない言葉と気持ち

当時のお題「手」

登場人物紹介

樋口(ひぐち)光也(みつなり):薄茶の瞳でボサボサ黒髪の男の子。落ち着いた口調で話す。

飛騨(ひだ)満菜(みつな):焦げ茶の瞳で黒髪セミロングの女の子。男性っぽい口調で話す。

 秋も深まった頃。外の色付いた木々が冷たくなってきた風にさらされる中で、とある高校の普通教室では、放課後に男の子1人と女の子1人が机を挟んで相向かいに座っていた。


「飛騨さん……いえ、飛騨先生ですかね。僕の運勢はどうでしょうか」


 女の子を「飛騨」と呼ぶ男の子の名前は、樋口(ひぐち)光也(みつなり)


 彼はブレザータイプの制服を脱いで、ワイシャツを少し腕まくりした状態で右手を机の上に差し出している。


「うーむ。ちょっと待ってほしいな、樋口くん。うむむ……これがデビュー戦だからな」


 樋口の手をまじまじと見つめて、ウンウンと唸っている女の子の名前は、飛騨(ひだ)満菜(みつな)


 彼女は手相の本と彼の手を交互に見ながら、はらりと落ちてくる長めの髪を手で後ろに払っている。


「それにしても、急に手相が見たいだなんて意外ですね」


 樋口がそう呟くように、飛騨は彼と会うなり突拍子もなく手相占いの本を片手に彼を占い始めた。


「〇〇の秋と言う言葉が世の中に溢れているように、何かこう物事を始めることに向いていると思ったところでな」


「それで手相なんですか? 飛騨さんなら、ほかにも興味がありそうですけど」


「……友人に『お手軽だから』と勧められてな」


 飛騨は視線を樋口の手に落として顔を俯かせたまま、口だけは樋口の方に向かって発していた。


「そうでしたか。ちなみに、いつものご友人ですかね」


「もちろん」


「そうですか。それで、手相が今日の『ひみつ研究同好会』の活動でしょうかね」


 ひみつ研究同好会。


 この2人は高校で出会い、お互いに苗字と下の名前から「ひ みつ」ということで「秘密研究同好会」という集まりを飛騨がなんやかんやして発足した。


 基本的に放課後に勉強したり、お喋りしたり、図書室の本を読み合ったり、一緒に帰ったりという学生らしい過ごし方をしているだけで、「秘密」という言葉に関する活動がほぼ皆無の放課後仲良し倶楽部である。


 今現在、会員2名で、増える予定も増やす予定もない。


「うむ。そうさせてほしい」


「いいですよ。興味がありますから」


 樋口は飛騨のすべてを受け入れるように、いつもながらの柔らかな笑みを浮かべる。


「ありがたい。さて、この本によると、手相は右手と左手で読めるものが違うようだ」


 飛騨は視線を手から本へと移して、樋口に説明をし始める。


「右手と左手で違うのですか?」


「うむ。右手は後天的なものを占うことが多く、運命線、生命線、感情線、知能線の4つに加えて、太陽線、財運線……えっと、結婚線などが見られるようだ。先ほどの7つを7大線とも呼ぶらしい」


 飛騨が「結婚線」で思わずどもると、樋口は赤らんでいく彼女の顔から一瞬目を逸らして、先ほどから何度もチラ見している時計を再び見る。


「……あー、手相をよく知らない僕でも生命線は分かりますね。割と長いので、友人から長生きしそうと言われたことがあります」


 樋口は差し出したままの右手に視線を移す。どれがどれかはさっぱりだが、彼も生命線だけは分かるようで、左手の人差し指ですっと自分の生命線をなぞった。


「そうみたいだな。しかし、よく見えないな……樋口くん、すまないが、手を握るぞ」


「手をですか?」


「あぁ、より正確に見るために、な」


 飛騨は本を机の上に肘で押さえて開いたまま、樋口の了承の言葉が出る前に彼の右手を開くように両手でそっと触れた。


 まるで大切なものを壊さないようにするような彼女の手触りに、彼の全身が小さく波を打って震える。


 次第に、お互いの手の温度がじんわりとお互いに伝わっていき、頬も徐々に赤らんでいく。


 ここでパチッと2人の目が合った。


「……あはは、初めて飛騨さんと手を繋いでいるわけでもないですが、これは少し恥ずかしいですね」


 樋口が恥ずかしさを誤魔化すようにボサボサ髪を掻き上げる。


 彼の言葉に対して、飛騨は眉根1つ動かさずに真剣な表情をしているが、頬どころか耳まで真っ赤になってきていた。


「な、何を言うんだ。私と樋口くんの仲じゃないか。親しき友だちだろう? 決して恥ずかしがることはないよ」


 飛騨と樋口はいわゆる両片思いの関係にあり、互いに特別な感情を持っているものの、普段の距離感に安心しているためか、2人の仲の良さを示すと同時にどこか性別を感じさせない悪友どうしのような中途半端な雰囲気を醸し出していた。


「そうですよね。親しい友だちですからね」


 樋口も飛騨もお互いに呟く「友だち」という言葉に一瞬だけ複雑な表情を浮かべるも、互いに相手へ悟られないようにすぐに元に戻していた。


 しばらく、沈黙の時間が続く。


 その間、飛騨は自分の手よりも大きい樋口の手をまじまじと見て、その細い手指で手のひらをぐにぐにと押したり、少し固いペンダコの突起を数度往復して触ったりしていた。


 樋口はさまざまな感情が生み出されていく柔らかく艶めかしい感触に、口の端を上げないようにと力を込めて真一文字に結んでおり、じっとうつむき加減の飛騨の顔を見つめている。


 やがて、視線に気付いた彼女が上目遣いで彼を見た。


「……結果が気になるのは分かるが、そう私の顔を凝視しないでくれ」


「すみません、見られ続けるのは嫌ですよね。ただ、そっぽを向くのもちょっと違う気がして」


「いや、まあ、別にそこまで嫌ってわけじゃないが……見られると恥ずかしいというか……」


 飛騨は左手をそっと樋口の手から離して、そっぽを向きながら髪の毛を弄り始める。


 すると、樋口が何かを思いついたように笑みを浮かべた。


「おっと、僕と飛騨さんの仲ですけど、恥ずかしいですか?」


 先ほどのカウンターとばかりに、2人の仲を強調する。


「むむっ、これは一本取られたな。じゃあ、私も樋口くんを見つめるとしよう」


 飛騨が樋口を見つめ返す。


 にらめっこのような状況が続き、先にギブアップしたのは樋口だ。


 彼は咄嗟に左手で緩み始める口元を隠すように覆う。


「すみません、やっぱり恥ずかしいですね」


「ふふっ……理解してもらえて何よりだ。手はともかく、顔は恥ずかしいものだよ」


 飛騨が口の端を上げて頷き、樋口も静かに目を細める。


「そうだ、手で思い出しましたけど、結局、僕の運勢はどうでしょうか」


 樋口の問いに、飛騨は名残惜しそうに敏感な指先で何度も彼の手を触りに触った後、天井に視線を運びながら小さく唸った。


「うむ……私に手相占い師の才能がないことは分かった」


「そうですか」


 結論として、飛騨は何も分からなかったと言外に伝えていた。


 樋口も納得したようで、それ以上何かを言うこともなく自分の手を見る。


 手相占いは終わったが、飛騨がまだ樋口の手を離さない。


「まあ、占いだからな。する側も受ける側も向き不向きがあるのだろう」


「向き不向き……ふむ。では、今度は僕が飛騨さんを占いましょうか」


「……へ? ふぇ?」


 樋口は飛騨に「次は自分の番」とでも言いたげに、彼女の右手を握り返した後に、そのまま左手も添えてゆっくりと開いていく。


「僕に手相占い師の才能があるか、確かめてみたいですからね」


「あ……あぁ……手短に頼むよ……」


「……善処します」


 ほかの男子ほど節くれだっていない樋口の指が彼女の手のひらをじっくりとなぞっていく。彼は指の腹を彼女の柔らかな肌に少し沈みこませて、先ほど自分がされたように、むしろそれ以上にまんべんなく強弱をつけて触っていく。


 一方の飛騨は目を丸くしたまま、無表情を取り繕おうとして口角を上げたり下げたりするも、どうにも顔に出してしまう。


 再び無言の時間が続き、夕日が彼らの頬の赤らみと同じ色になった。


「ひ、ひぎゅ……樋口くん……しょ……そろそろ……じゃないか?」


 飛騨は自分の手に滲む汗に気付き、樋口に悟られる前に手を離したくなって、舌も回らない内に彼をいきなり急かす。


「そ、そうですね……ふむ……僕もどうやら才能はないようです」


 しばらく樋口が無遠慮に飛騨の手のひらをいじくり回した結果、彼にも手相を見る才能がないことが発覚する。


 もちろん、手相の本さえも見ずに、彼女の手ばかり楽しそうに夢中で触っていた彼には、才能どころか手相の知識も触りたいだけという気持ちを取り繕う動作もなかった。


 しかし、飛騨はそれにも気付かずに安堵の表情を見せる。


「そうか。まあ、樋口くんに才能がなくてよかったよ」


「どうしてですか?」


 樋口が不思議そうに飛騨を見ると、彼女は俯き加減でもごもごと口を動かし始める。


「だって、樋口くんが、ほかの女の子の手を握るかもしれないなんて、嫌だし……」


 目の前の樋口にさえ聞こえないのではないかと思えるほどのぼそぼそとした声量で、飛騨は自身の気持ちを吐露した。


「え? えっと、ごめんなさい、ちょっと聞こえなくて」


 樋口は申し訳なさそうに聞き直しているが、先ほどまでの手の動きと全く異なる両手の強張りが、言葉の裏に隠れる真実を表している。


 飛騨もその彼の変化に気付きつつも、慌てて口を大きく開いた。


「あ、いや、聞こえなかったか? 才能がない私とお揃いになるから、仲が良さそうじゃないかと思っただけだ」


 とっさに出た別の言葉。


 互いに近寄り過ぎた距離から退くような、ちょっとだけ臆病になった言葉。


 しかし、これも十分に破壊力のある言葉で、樋口は微笑んだ。


「そうですか。嬉しい限りです。僕も飛騨さんに才能がなくてよかったと思いますよ」


「え?」


「……さて、もう時間ですね。帰りましょうか」


 飛騨が樋口の真意を読めずに素っ頓狂な声をあげるも、樋口は改めて言い直すこともなく時計を指差した。


「そ、そうだな!」


 その後、最終下校時刻を知らせるチャイムとともに帰り、飛騨と樋口は2人とも秋の風に火照る頬を冷やしていた。

ご覧くださりありがとうございました。


次の短編のお題が出るまでは休止といたします。

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