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ひみつな2人  作者: 茉莉多 真遊人


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コツを掴む

当時のお題「骨」

登場人物紹介

樋口(ひぐち)光也(みつなり):薄茶の瞳でボサボサ黒髪の男の子。落ち着いた口調で話す。

飛騨(ひだ)満菜(みつな):焦げ茶の瞳で黒髪セミロングの女の子。男性っぽい口調で話す。

 とある普通高校の教室。


 放課後もずいぶんと時間が経ってそろそろ夕日が部屋に差し込む頃、教室にいたのは女の子1人と男の子1人だけで他には誰もいなかった。


 教卓をズラしてできた黒板前のスペースで、女の子は両手に黄色いポンポンを装備して、リズムよく身体をしならせて動き、アイボリー色のポロシャツに灰色を基調としたチェック柄のスカートという制服のまま、チアの真似事をしている。


 男の子は一番前の席に座りながら、女の子の様子を眺めている。ただし、彼は女の子の顔や動きよりも、膝上でひらりひらりと無邪気に舞う短めのスカートの端が上に上がり過ぎてしまわないかと、内心ハラハラして見ていた。


「樋口くん、私の動きはどうだろうか! そう、コツを掴んで華麗に踊れていただろうか。それと、チアは笑顔が大事らしいから、笑顔だったかも聞かせてほしい」


 キレの良い動きをしていた女の子が動きを止めて、荒い息を整えつつも教室の独特な静けさを打ち破るようにそのような言葉を言い放つ。彼女は男の子に向かってニコリと笑顔を見せて、前のめり気味な体勢になりながらもポンポンから人差し指をピンと立てていた。


 女の子の名前は、飛騨(ひだ)満菜(みつな)


 彼女は綺麗な顔立ちにセミロングの艶のあるさらさらとした黒髪で、ツリ目がちな目の中にあるこげ茶色のつぶらな瞳で彼女のことを見ている男の子を見つめ返していた。


 夏場に激しい動きをしていたからか、彼女の顔や首筋が少し汗ばんでおり、光で反射する玉のような汗が彼女をキラキラと輝かせている。


「飛騨さん、そうですね……正直な感想を言えば……いえ、すみません、動きを見ていませんでした。ドキドキハラハラしていてそれどころではなかったですね」


 取り繕う言葉をやめて、素直に謝っている男の子の名前は、樋口(ひぐち)光也(みつなり)


 彼は男子高校生でも中性寄りな顔立ちをしており、ボサボサで癖の強いうねりを伴った黒髪はどこか寝ぐせの直らない幼い子どものように映る。


 彼の制服は薄青色の半袖ワイシャツに、女子と同じ灰色を基調としたチェック柄をした長ズボンだった。


「おや、それはひどいじゃないか? 穴が開くかと思うほどに見られていたと信じていたのに。正当な理由を、きちんとした説明を求めるぞ」


 飛騨は樋口の言葉に笑顔を一転させて、ムスッとした膨れ面で彼のことを少しばかり非難する。


「分かりましたが、その前に1つだけ教えてください。これはひみつ研究同好会に関係があるのでしょうか」


 ひみつ研究同好会。


 この2人は高校で出会い、お互いに苗字と下の名前から「ひ みつ」と言うことで秘密研究同好会という集まりを飛騨の方から発足した。なお、飛騨も樋口も同級生であり、同好会に部費は出ないため、言わずともただの放課後仲良し倶楽部である。


 これまでの活動は基本的に放課後に勉強したり、お喋りしたり、図書室の本を読み合ったり、一緒に帰ったりという学生らしい過ごし方をしているだけで「秘密」という言葉に関する活動はほぼ皆無だった。


 なお、同好会の会員は2人だけであり、正式名称は「秘密」と漢字だが、2人の間では「ひみつ」とひらがなのイメージで通っている。


「あるとも。私が樋口くんと一緒にいたいから、私のチアを見てほしいから、チアの個人練習をこの場でしているから、これもまたひみつ研究同好会の活動と言えよう」


「なるほど。僕と飛騨さんがいれば、ひみつ研究同好会の活動になる、というわけですね」


 飛騨の言葉に彼女自身も樋口も恥ずかしがる様子もなく、樋口はそのまま言葉を汲み取って理解を示し、口元に手を当てつつ「ふむふむ」と首を小さく縦に振りながら納得した様子で彼女を見つめ返す。


「そうとも。さて、話を戻そう。私の問いに答えてもらうぞ。私の動きも顔も見ずに、私にドキドキもせずに、私以外の何にドキドキしていたと言うのかな?」


 飛騨のムスッとした表情で再び非難の言葉を口にする。


 それに対して、樋口が今度は首を小さく横に振って否定した。


「いえ、正直に言いますけど、飛騨さんにはドキドキしていますよ。ただし、笑顔とか動きそのものとかではなく……その、飛騨さんのスカートの中が見えそうでちょっと、それどころではなかったですね」


 普通なら恥ずかしくなるような会話であっても、飛騨も樋口もごくごく自然体で会話を続けている。


 飛騨と樋口はいわゆる両片思いの関係にあり、互いに特別な感情を持っているものの、この距離感に安心しているためか、2人の仲の良さを示すと同時にどこか性別を感じさせない悪友どうしのような中途半端な雰囲気を醸し出していた。


「なるほど。闘牛もひらひらした動きに敏感に反応してしまうらしいからな。それとも、樋口くんは男として、スカートの中に興奮していたのかな?」


 飛騨は樋口が自分にドキドキしていたと理解して、スカートの端を持って、彼の前でひらひらと手で動かしていた。


「こ、興奮……って……そ、それは……なんかニュアンスが違いますね。先ほども言ったように、スカートの中が見えそうになっていて、ハラハラしたんです。それと、今も手でスカートをひらひらさせないでください」


 樋口は見てはいけないと思ったのか、そっぽを向いて話を続ける。ただし、彼の視線はちらちらと飛騨のスカートに向けられていた。


「大丈夫だ。中には体育の短パンを履いているからな! ほら!」


 飛騨はそう言うと、手をお腹の辺りまで上げてスカートをたくしあげる。彼女の言うとおり、短パンを履いていたものの、短いスカートから見えないようにするためか、短パンの裾さえも折り曲げていた。


 飛騨のすらっとした太ももが、鼻息を荒くしそうになる樋口には目に毒だった。


「ほら、って!? そういう問題ではないのですが。と言うか、これ見よがしに、スカートをたくし上げるのはやめてください。短パンだとしても! それに裾を折り曲げているから、ホットパンツみたいになっていますよ!」


 少し早口になってまくし立てるような樋口の言葉に、飛騨はニヤニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


「ふふっ。樋口くんはかわいいな。ほらほら……もしかして、短パンで残念だったかな? 樋口くんにお願いされたら短パンなしでもいいぞ?」


 飛騨が左手でスカートをたくしあげたまま、右手で短パンの裾を上げたり下げたりして樋口の慌てる様子を楽しんでいた。


 一瞬。


 上げられた短パンの裾から彼女の肌の色とも違う色の何かが見えたような気がして、樋口は急にガタっと椅子を引いて立ち上がってからカバンを手にした。


「……すみませんが、今日はもう帰りますね」


 樋口は限界だった。


 これ以上は、自分にも飛騨にも良くないと判断したのである。まだ恋人どうしではないという彼なりの生真面目さが退避行動へと駆り立てる。


 もちろん、飛騨は慌ててスカートを戻して、樋口の前に立ちふさがった。


「すまない! 調子に乗ってしまった! 許してくれ!」


 両手でスカートをクシャっと掴んで震える飛騨を見て、樋口は自分が悪いことをしたかのような感覚に陥る。


「……はあ……飛騨さん、最近ちょっと、からかいが過ぎますよ。僕だって、男なんですからね?」


 樋口は席に座る。彼も飛騨と一緒にいたい気持ちはあるが、その気持ちが暴走してしまうことが怖かった。


 一度、近付きすぎてしまったら、今の心地良い関係が壊れてしまうのではないかという怖れが彼の行動を制限する。


「ここで迫られても一向に構わないのだが……むしろ、もっとこう強く……男らしく来てくれれば……」


 飛騨は一難去って、安堵とともに不満を尖らせた口から漏らしていた。


「ん? 今、何か言いました?」


「……こほん。先ほど自分で言ってふと思ったのだが、コツを掴むのコツとはなんだろうか。ふむ、こちらの方が、ひみつ研究同好会の活動っぽいな」


 飛騨は樋口に聞こえなかった本心を改めて隠すように空気をガラリと変えて、いつものお喋り、いつもの言葉遊びの時間になるように仕向けた。


「ふむ、コツは骨のことですね。骨は物理的な骨や骨格などという意味のほか、本質や要領、勘所といったような骨組みや骨子という意味もあるようで、それらを正しく理解することが大事とされているために把握するという意味で、骨を掴む、となったようですね」


 樋口はスマホを片手にインターネットを検索して、言葉の意味を調べた。


 インターネットの情報をどこまで信じるかは難しいものの、樋口は自分が納得できる説明だったため飛騨にそのように伝える。


「なるほど。ふむ。であれば、ポンポンよりもバトンの方が良いのだろうか」


 飛騨は黄色いポンポンを外して、まるでバトンを持っているかのように腕を動かしながら、手をクルクルと身体の周りで回している。


「まさか、バトンを骨に見立てていますか?」


「ふふっ、そうだ。まあ、ちょっとしたお茶目だよ。それに私にはバトンを扱えるほどの技量などない」


 飛騨がバトンを落としたかのようなリアクションをしてから、舌をちろっと出して樋口にとびっきりの笑顔を見せつける。


 樋口は自分の顔が赤くなっているだろうなと思いつつも夕方の夕日に感謝した。


「そもそも、どうして、急にチアの練習をしているのでしょうか」


「あぁ、なんでも野球部の地区大会の応援でな、ブラスバンド部の演奏に合わせて動くチアが必要だとか」


「……野球部の応援ですか」


 飛騨の言葉に、今度は樋口が面白くなさそうな様子で声のトーンが数段下がった。


「私は野球部にもブラスバンド部にも特に縁などないのだが、友人の友人が関わっているようでね。友人がどうしてもと言ってきて、渋りつつも補欠くらいならいいだろうと思って了承した」


 飛騨はまだ樋口の変化に気付いていないようで、淡々と状況の説明をする。


 一方の樋口は、抑えなければならないと自制を試みるも、どうも不機嫌な雰囲気を払しょくすることができずにいた。


「ということは、飛騨さんのチアを他の人も見るわけですか」


「そういうことになるな。ふふっ、樋口くんは嫌か?」


 飛騨はからかうつもりだった。


「嫌ですね」


 しかし、樋口は真っ直ぐ見つめて、本気で飛騨の言葉に「嫌だ」と応える。


 飛騨は樋口の普段と違う雰囲気に、思わず面を喰らった。


「へっ? か、からかったつもりだったが、珍しくやけに直球で言ってくれるじゃないか」


「嫌なものを嫌だと言っただけです」


 樋口の不機嫌がピークに達した。彼自身が制御できない感情に苛立ち、それを飛騨にぶつけているような気がして、彼は自分が少し嫌になってくる。


 それでも、止めることは到底できなかった。


 自分以外の男子が飛騨のチアの踊りを見ることに、彼の中での見せたくないという気持ちが勝ってしまう。


「それはひょっとして……独占欲かな?」


「……そうかもしれませんね。ダメですね、忘れてください」


 独占欲。


 飛騨が樋口に対して一番に求めていたものだ。


 彼女自身も樋口を独り占めしたい。


 しかし、彼女もまた彼同様にこの距離感の先、より近付いた状態に恐怖を覚えている。だからこそ、彼が独占欲に駆られて、自身を求めていることに嬉しさと幸福感を覚えた。


 彼女は彼が自分を独占するなら、自分も彼を独占する権利があると考えている。


「ダメなものなんかではない……樋口くんの本音が聞けて本当に良かった。きちんと辞退しておこう」


「いえ、そのご友人にも悪いですし」


 急に退く樋口に、飛騨は焦る。


 お互いにきっかけを欲していた。


 だからこそ、本来であれば、どちらかが退くことは互いが許してはいけない状況なのである。しかし、お互いがどこか最後の一線を踏み出せずにいる。


「樋口くん……これだけは知っておいてほしい。友人と樋口くんなら比べるべくもない。なに、友人も樋口くんから言われたと知れば、理解を示してくれるだろうさ」


 飛騨と樋口の話は、いわゆる公然の秘密とやらになっていた。教師も知人も友人も、はては親や兄弟姉妹まで、そのことは知られている。


 教師たちは最初の頃こそ2人のことを指摘していたが、後々になって進展しない彼らを焚きつけてしまいかねないと判断し、そっと見守ることにした。


 もちろん、知人や友人も同様であった。


 飛騨は後日、平謝りで友人に辞退を申し出るであろう。しかし、友人からすれば、それは願ってもない話でもあるのだ。2人の進展こそが周りの願いでもあり、一番に難しい話でもある。


「なんだかすみません。僕のワガママで」


 樋口が言葉の上では申し訳なさそうにしているが、飛騨のかわいいチアの踊りを誰にも見られないという安堵が顔にまで出ていた。


 飛騨は樋口のホッとした顔を見て、口の端を下げようにも下げられずにニマニマニマとした笑みを顔に貼り付けてしまっている。


 夕方、お互いに顔が赤みを帯びて、その少し暗い雰囲気に助かっていた。


「いや、私はいつになく嬉しいよ。樋口くんのその気持ちが、ね。ただ1つだけお願いがある」


「なんでしょう」


 飛騨は再び黄色いポンポンを手に付けた。


「せっかく練習したんだ。せめて、樋口くんにはきちんと見てもらいたいし、動きや顔が良かったかをしっかりと教えてほしい」


「分かりました。では、改めてお願いできますか」


「では、いくぞ」


「っと、その前に、せめて、短パンは長くしてください」


「えー……短パンがはみ出ると、かわいくない……」


「ダメです……それともまた強く言わなきゃいけませんか?」


「うっ……分かった……あれはドキドキし過ぎて心臓に悪いからな……」


 飛騨が後半ごにょごにょとしながらも短パンの裾を伸ばしたので、樋口は彼女が何を言ったかの仔細を気にしないことにした。


 その後、最終下校時刻のチャイムが鳴るまで、樋口は飛騨のキレのあるチアの踊りを堪能して絶賛の言葉を彼女に投げかけて、帰る頃にはいつもながらの恋人がするような腕組みで学校を後にした。

ご覧くださりありがとうございました。

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