気になるところを知りたくて
当時のお題「つま先」
登場人物紹介
樋口光也:薄茶の瞳でボサボサ黒髪の男の子。落ち着いた口調で話す。
飛騨満菜:焦げ茶の瞳で黒髪セミロングの女の子。男性っぽい口調で話す。
放課後、とある普通高校の教室。
その教室にいたのは、女の子1人と男の子1人だった。
「飛騨さん、今日は一体何をしているのでしょうか?」
目の前の女の子を見て、何とも言えない表情のままにそう声を掛ける男の子の名前は、樋口光也。
彼は中性的な顔立ちに、日焼けをしていない色白寄りの肌をしている。
そんな彼は、寝ぐせのようなボサボサで癖の強い黒髪を数度軽く掻いて石鹸の香りを漂わせつつ、ピンとした姿勢でつま先立ちをして立っている女の子を焦げ茶色の瞳で見つめている。
「樋口くんには見て分からないか? つま先立ちのストレッチだよ」
樋口の目の前にいる女の子は、飛騨満菜。
彼女は透き通っているという表現がぴたりと合う色白の肌に、セミロングから少し伸びた黒髪をしていて、整った目鼻立ちの顔とスレンダーな体型もあいまって、美少女と呼んでもおかしくない容姿をしていた。
そんな彼女は薄茶色の瞳で樋口を見ながら、座っている彼と対照的に「つま先立ちストレッチ」を先ほどから誰に指示されたわけでもなく自由意思で始めていた。
時折、翻る紺色の短めなスカートと厚手の黒いタイツが、彼女の細くすらっとした脚部を映えさせている。
「なるほど、質問を変えましょう。飛騨さんはどうして、今、ここで、つま先立ちのストレッチをしているのでしょうか。これは『ひみつ研究同好会』の活動に関係がありますか?」
ひみつ研究同好会。
この2人は高校で出会い、お互いに苗字と下の名前から「ひ みつ」と言うことで秘密研究同好会という集まりを飛騨の方から発足した。なお、飛騨も樋口も同級生であり、同好会に部費は出ないため、ただの放課後仲良し倶楽部である。
これまでの活動は基本的に放課後に勉強したり、お喋りしたり、図書室の本を読み合ったり、一緒に帰ったりという学生らしい過ごし方をしているだけで「秘密」という言葉に関する活動はほぼ皆無だった。
なお、会員は2人だけであり、正式名称は「秘密」と漢字だが、2人の間では「ひみつ」とひらがなのイメージで通っている。
「…………」
「…………」
樋口は身体を上下させる飛騨をまじまじと見つめて、飛騨もまた不思議そうに自分を見つめる樋口を見つめ返していた。
しばらくして、飛騨が口を開く。
「いや、関係ないな」
「ないですか。まあ、『ひみつ研究同好会』の活動と言われても困りますけど。僕は一緒にしようと思わないですから」
樋口は安堵の溜め息を吐く。同好会の活動が明確でない以上、思いも寄らない変なことに巻き込まれる可能性も考慮しなければいけないからだ。
たとえば、つま先立ちのストレッチを一緒にしなければいけない、である。
「つれないな。一緒にしてくれてもいいんだぞ? 一緒の方が仲良しな感じがするじゃないか」
飛騨は表情も声色も変わっていないが、少し顔を俯き加減にして目を伏せがちに、つま先立ちのストレッチを続けている。
樋口は飛騨のお誘いに、眉を八の字にして肩を竦めた。
「僕と飛騨さんが仲良しに見えること自体はとても魅力的ですが、高校生の男女が2人きりで放課後の教室でつま先立ちのストレッチをしている絵面は……強烈な個性を放つので難しいですね」
飛騨は頬を膨らませて口をつんと尖らせる。
「ぶー、ぶー、いつになくノリが悪いじゃないか、樋口くん」
「うーん……いつになく押してきますね。ふむ、では、飛騨さんがしている理由次第では考えましょう」
樋口も頑として譲らないとまでは言わず、飛騨に交渉の余地を残して、会話のキャッチボールを続ける。
飛騨はその間もつま先立ちストレッチを続けていて、白いカッターシャツがしっとりと湿気を帯び始めていた。
「聞けばしたくなるだろう。理由は、つま先立ちのストレッチをすると、脚を細くできると友人から聞いてな。あぁ、もちろん、女の子の友人だとも」
「えっと、女の子かどうかまでは聞いていませんが」
「でも、私の交友関係は、気になるだろう?」
「ええ、まあ、とても気になるので、聞けて良かったです」
普通なら恥ずかしくなるような会話であっても、飛騨も樋口もごくごく自然体で会話を続けている。
それは2人の仲の良さを示すと同時に、どこか性別を感じさせない悪友どうしのような中途半端な雰囲気を醸し出しているためである。
「ふふっ……私は察せるからな」
「ですが、僕が脚を細くする理由で参加しないだろうということまでは、察せなかったようですね」
樋口は竦ませた肩が戻らずに両手も肩の位置まで上がっていた。
「むぅ。そこは樋口くんが察してくれたまえ」
再び飛騨は、頬を膨らませる。
「ふむ。察した結果、絵面的にパスですね。それよりも飛騨さん、少し話が変わってしまうのですが、飛騨さんは既に脚が細いと思いますよ」
飛騨の頬の膨らみが急にしぼみ、代わりに満面の笑みがパっと浮かび上がってくる。
「ほほう。まるで評論家のような物言いではないか。樋口くんは評論できるほどに私の脚を見ていたのか」
飛騨は自分の手を艶めかしく動かして、すすっと脚線に這わせた。
「いえ、どちらかというと」
「む、胸か」
飛騨は一度手を止めて躊躇いを見せながらも、すぐさま自身の胸をつつーっと撫で回す。大きくも小さくもなく、女性的な隆起が分かる程度の大きさの双丘の上を手が滑っていった。
「いえ、そうじゃなくて」
じんわりと湿り気のあるカッターシャツが彼女の下着の色をぼやっと映し出すと、樋口は顔を逸らしたり目を伏せたりせずにじっとシャツに穴が開くかと思うくらいの熱視線を向ける。
中性的な顔立ちであろうと、彼もやはり男だった。
「ふっ、なんだ、顔か」
飛騨はストレッチで火照った頬に手を当てて、先ほどとは打って変わって、お淑やかな様子で手をあまり動かさずに添えている。
「そりゃ、話をするのに飛騨さんの顔をよく見ますけど、違いますよ」
「も、もしかして……もっと際どいところ……?」
飛騨が手を震わせながら、ぎこちなく手を自身の下腹部の方へと持っていこうとしたので、さすがの樋口も動揺を隠しきれずに思わずむせた。
「げほっ……げほっ……ちょっと……飛騨さんは僕をなんだと思っていますかね。まったく、困ったものです。強いて言うなら、飛騨さんの全体的に見ていますよ」
「つまり、顔も胸も脚も、際どいところまでも見ているのか」
飛騨の言葉に、ついに樋口が飛騨の方から視線を外して、身体ごとそっぽを向く。
「はい、そうですね、もうそれでいいですよ……」
「樋口くん、そうむくれないでくれ」
「飛騨さんがしつこく聞いてくるからですよ」
樋口がそっぽを向いたまま、頬杖をつき始め、言葉だけ投げやりに飛騨へと向けている。
「樋口くんが私のどこを見ているのか気になるからな」
「では、逆に聞きますけど、飛騨さんは僕のどこを見ていますか?」
樋口は目だけをちらりと飛騨の方へと向けた。
飛騨はつま先立ちのストレッチを続けつつも、頬にさらに赤みを帯びさせながら、口元に手を当てて恥ずかしそうにする。
「秘密だ。女子にそんなことを聞くのは減点だな」
「飛騨さんが、こういう時だけ『女子』を使うのは困っちゃいますね」
樋口が再び目もそっぽを向いている方向へと戻す。
「ふむ。すまない。たしかに私も言いたくないことだった。このとおりだ。許してくれないか?」
飛騨は樋口の行動で観念したのか、両手を胸の前で合わせて申し訳なさそうな表情で謝り始める。
樋口も変な話をやめさせたかっただけで、飛騨に謝ってもらうことまでは予定していなかった。そのため、彼は小さく息をこぼした後に身体の向きを飛騨の方へと戻す。
「いえいえ、分かってもらえればいいんです。ちなみに、たしかですけど、つま先立ちのストレッチに脚を細くする効果はないようですよ」
飛騨の動きがつま先立ちのまま止まる。
「なん……だと……」
「僕が知る限り、逆に筋肉がついて脚が太くなる可能性があったはずですが」
「終了だ」
飛騨は「終了」の一言ともにかかとをゆっくりと下ろす。
「ただ、脚やおし……ヒップに筋肉がつくと、お通じが良くなると聞いたことがあります」
「そうか! 樋口くんは私の尻を見ていたのだな!」
飛騨は先ほどの回答を得たと言わんばかりに、180度回転した後にお尻を左右に振り始める。彼女がお尻を振る度に短いスカートがひらりひらりと、まるで今にもその中身を見せびらかそうと動いているようだった。
「し……違います。これ見よがしにヒップをふりふりしないでください。スカートの中が、み、見えちゃいますよ?」
「ふむ」
飛騨は再びくるりと180度回転して、樋口の方へと向き直る。
その彼女の視線は、彼の顔よりもずっと下の方にあった。
「……あの、僕の下腹部を見ないでください……今日はなんだか飛騨さんおかしいですよ? なにかありましたか?」
「そ、そんなことはないぞ! 何もないぞ!」
「そんなことあります。何かありそうですね? ……もしかして、熱でもあるんですか?」
樋口はいつになくおかしい飛騨の言動に彼女の体調不良を心配した。
彼は急に立ち上がり、飛騨にずんずんと近付いていくと、ささっと彼女のおでこを露わにして自分のおでことぴたりとくっつけ始める。
じんわりと伝わる彼の温もりに戸惑って、彼女の瞳は右往左往するもどこに動かしても視界が彼でいっぱいになっていた。
「っ!」
飛騨はあまりの衝撃に言葉を失っている。
「うーん、ちょっと熱っぽいですかね。自覚はありますか?」
樋口のボサボサ髪から漂う石鹸の香りが、飛騨の鼻腔を刺激して距離の近さを意識させる。
また、自分の汗の匂いが気になり始めたのか、彼女は彼に気付かれないように首の横辺りで手をパタパタとさせて、匂いを風で吹き抜けさせようとした。
「ひゃ? ……そ、そうだな! いや、ストレッチをたくさんしたからだな、きっと」
樋口はおでこどうしをぴたりとくっつけたままで話しかけており、唇どうしが数センチも離れていないことに気付いていない。
飛騨の唇が彼の吐息を感じて、彼女の目もとろんとして瞼が下がってきた。
「いえ、これは体調不良の可能性もありますよ。だから、今日はもう帰りましょうか」
「樋口くんが、そこまで言うならしかたないな!」
樋口は顔を近付けているために小さく囁くような声で飛騨に話しかけていて、それがどこか秘密めいた2人だけの内緒話をしているよう見えることに気付いていない。
「ありがとうございます……あと、これはちゃんとお願いを聞いてほしいので、ちょっと強めに言いますけど……ふう……今度からは体調が悪いのに無理するなよ? 約束だぞ?」
樋口の途端に外れた丁寧語に、飛騨は両手を胸に当てて瞬きを多くしていた。
「ひゃ、ひゃい……」
「……ありがとうございます。では、帰りましょう。あ、えっと、ちなみに」
「え、ちなみに?」
「僕の丁寧語じゃない喋り方は、飛騨さんにだけの秘密ですよ」
男らしいぶっきらぼうな口調は、樋口なりのからかわれた仕返しのつもりだったものの、なんだか気恥ずかしくなってきたようで、彼は頬を赤らめながらそう言い訳をする。
彼のカバンを片付ける手も少しぎこちなくて、それでも何かを隠すように早くしていた。
「私だけが知る……樋口くんの秘密……私だけ……」
その後もしばらく、飛騨は早くなっている鼓動以外が固まっていた。
時を同じくして、別の場所。そこには飛騨の女友達である友だちAと友だちBがいた。
「今日も飛騨さんと樋口くんは進展なしなのかな……」
「どうだろう。飛騨さんにはさっき『のんびりしていると樋口くんが取られちゃうよ』って言ってみたんだけどね。樋口くんにアピールするように動かないとって、言ったんだけど」
飛騨の言動の原因は、友だちにあった。
周りの人間は、樋口と飛騨の両片思い状態を見守りつつもどこか進展を望んでいる節があった。
「見守り隊としてはあまり干渉しない方がいいと思うんだけどね。でも、実際、樋口くんは意外と人気だもんね。ま、飛騨さんも人気だけどね」
「でも、あの2人はお互いに他の人に目移りすることないと思うけどね。多分、私たちがどうこう言っても、飛騨さん、いつもどおり余裕そうに笑っているんじゃないかな」
「だよねー」
「ねー」
友だちもまさか「動かないと」と言ってみたら、飛騨が暴走気味にストレッチを始めたり、身体の部位を強調したりしたとは夢にも思っていないだろう。
ご覧くださりありがとうございました。




