ひみつな2人
登場人物紹介
樋口光也:薄茶の瞳でボサボサ黒髪の男の子。落ち着いた口調で話す。
飛騨満菜:焦げ茶の瞳で黒髪セミロングの女の子。男性っぽい口調で話す。
とある普通高校の教室。放課後のため、教室に人はほとんどおらず、そこにいたのは女の子1人と男の子が1人だった。
「樋口くん、起きてほしいな。さて、ふと気になったのだが、秘密はどこから秘密だろうか?」
突然、女の子が不思議な呟きを始めた。
女の子の名前は、飛騨満菜。
彼女はその言葉を吐いた後にどかりと椅子に座り、セミロングの黒髪を揺らして、隣の席で机に突っ伏して寝ていた男の子をじっと見つめる。
季節が初夏に入っていて、教室内が少しばかり暑いからか、アイボリー色の半袖ポロシャツの胸元を少し開けて、灰色を基調としたチェック柄のスカートの端を中が見えない程度にパタパタとさせている。
彼女の顔は少し赤らんでおり、どこか恥ずかし気にも見えた。
「ふわぁ……飛騨さん、まず、その疑問になった経緯から教えてくださいよ。寝起きにその投げかけは分かりません」
飛騨の言葉に律儀に反応する男の子の名前は樋口光也。
飛騨を待っていたような素振りで寝ていた身体をむくりと起こし、まだ眠そうなとろんとした瞳で飛騨を見つめ返す。
彼は中性的な顔をしており、今も軽く掻いているボサボサで癖の強い黒髪はどこか幼い子どものように映る。
部屋の空調が弱かったのか、彼の薄青色の半袖ワイシャツは背中部分を汗で滲ませて、飛騨と同じ色や柄の長ズボンの椅子と接している部分が少し色濃くなっていた。
「うむ。私たちの名前が『ひみつ』だからひみつ研究同好会を発足したわけだが、この秘密、シークレットの方の定義をしっかりとしていないと思ってな」
飛騨は自身の髪の毛を指でつまんだりいじったりしながら、樋口に言葉を投げかけている。
この2人は高校で出会い、お互いに苗字と下の名前から「ひ みつ」ということで「秘密研究同好会」を飛騨の方から発足した。
なお、同好会に部費は出ないため、ただの放課後仲良し倶楽部である。
「なるほど。この会が発足してから約1年、てっきり僕と飛騨さんがお喋りを楽しむ会だと思っていましたが、一応、飛騨さんは同好会の活動、秘密の定義が知りたいわけですか」
その言葉を受け取って、樋口は椅子の背もたれと机に腕を置いて、隣の席の飛騨を少し愉快そうに眺めている。
これまでの活動は基本的に放課後に勉強したり、お喋りしたり、図書室の本を読み合ったり、一緒に帰ったりという学生らしい過ごし方をしていた。
「むー、もう少し真面目な活動もあると思うが?」
飛騨は露骨に膨れ面になった上で、樋口を上目遣いで見つめる。
「そうですね。さて、『秘密』ですけど、『個人ないしひとつの組織、団体が、外集団に対して公開することのない情報を指す言葉』とあります」
「軽く流したな?」
「飛騨さんの疑問に真面目に答えているだけですよ。えっと、それで、『外部に知られることによる不利益を回避するために用いられることが多い』とも書いてありますね」
樋口は取り出したスマホで「秘密」を検索して、ウィキに記載されている文章を読み上げた。
飛騨はかわいらしい整った顔に難色を浮かべ、腕組みをしつつ、「うーむ」と唸り始める。
「どうだろうか、今の説明の時点で少し不明瞭だと思わないか? 特に人数制限は設けられていないようだ」
「たしかにそうですね。とりあえず秘密を抱えた側がそれを暴露されて不利益にならなければいいってことでしょうか」
樋口がスマホをしまって飛騨の方を見ると、彼女は何かピンときたようで口を開き始めた。
「ふむ、深掘りしていこうか。例えば、私が先ほど眠っている樋口くんにここでキスをしていたとしよう」
「……えっ! したんですか!?」
飛騨の唐突なたとえ話に、樋口の心臓が彼の身体から飛び出さんばかりに跳ね上がった。
彼は口の端をできるだけ上げずに努めて無表情になりつつ、頬か、おでこか、まさかの口か、と彼女の目の前でキスをされそうな部分に触れてみる。無表情を意識していなければ、彼の顔はにやけににやけていただろう。
一方の彼女は、彼がそこまで嬉しそうに反応するとは思っていなかったようで、頬が先ほどよりも赤らみ始める。
「いやいや、たとえ話、たとえ話だよ。この場合、どこから不利益になりえるだろうか」
「……たとえ話……そうですね。まず先生にバレたら、不純異性交遊と言われそうですね」
本当にたとえ話なのか。樋口はそう思って、内心ひどくがっかりしたものの、変わらず努めて無表情を貫こうとする。しかし、彼はどうも顔に出やすいのか、眉が八の字を描いている。
彼はそのような葛藤をしつつ、飛騨の言葉にまずは先生を上げてみた。
彼は「とかく先生や教師は過剰に反応しやすい」と常々考えており、この秘密研究同好会も二人きりだから怪しいと教師が言っていたと友人から聞き及んでいる。
「なるほど。たしかに、それはまずいな。では、友人知人だとどうだろう」
「そうですね。それを弱みとして握られて問題になりそうなら不利益でしょうね」
誰かが弱みを握って飛騨をどうこうしようなどという輩がいれば、樋口は黙っていないだろう。
通信空手で学んで誰にも使ったことのない幻の正拳突きが活かされるかもしれない。
「たしかに。では、樋口くん本人だとどうだろう」
「僕は嬉しいですけど、飛騨さんがそれで恥ずかしい思いをするなら不利益じゃないでしょうか」
ここで最終下校時刻のチャイムが鳴る。
「……そうか、嬉しいか。さて、今日は来るのが遅くなってすまなかった。それに、たとえ話に付き合ってくれてありがとう」
そう言って、飛騨が立ち上がった。
これはいつもの流れであり、最終下校時刻のチャイムがその日の活動の終わりを知らせる。
「いえいえ、飛騨さんは忙しいから仕方ないですよ。いつものことじゃないですか」
「ありがとう。それでは帰るとしよう」
暇人を豪語する樋口は特に家に帰ってもすることがない。そのため、飛騨の委員会がある時は1人で彼女が来るまで眠っていることが多い。
「飛騨さん、えっと、その、今日も腕組みをしますか?」
「も、もちろんだとも」
恥ずかしげな樋口がおずおずと左手を腰に当て、肩、肘、手で三角の形を作ると、飛騨が顔を真っ赤にしながらもすかさずその中に手を差し込んでくる。
まるで恋人がするような腕組みだ。
いつどのような理由で始めたのか、2人はすっかり忘れているけれども、腕組みをすることだけが今も続いていた。
「あ……飛騨さん、樋口くん、待たね!」
「えっと……飛騨さん、樋口くん、また明日!」
生徒玄関口でばったり出会った飛騨の友だち2人が、手を振って声を出す。
「ああ、それではまた明日」
「じゃあね、また明日」
顔を赤らめている飛騨と樋口は手をしばらく振り返し続けてから校門の外へと先に出ていく。
二人の背中が小さくなるまで見送っていた友だちAが、同じように見送っていた隣の友だちBに話しかけた。
「ところで、飛騨さんはいつ樋口くんと付き合うんだろうね?」
「……え!? あれ付き合ってないの?」
友だちBは、口をあんぐりと開けた後に目をぱちぱちぱちと何度も高速で瞬きをさせて、信じられないという表現を自分の顔めいっぱいにしている。
「本人たちが言っているんだけど、付き合ってないらしい」
「は? 腕組みして、並んで歩いて、楽しそうにお喋りしているのに?」
どこからどう見てもカップルのそれである。
しかし、当の2人は「まだカップルではない」と周りに伝えていた。
「うん。どうやら両片思いみたいで、飛騨さんは樋口くんに告白するタイミングが掴めないらしいの。なんとか腕組みはできるようになったみたいだけど」
「順序……逆じゃない? え……じゃあ、樋口くんは?」
「男子から聞いた感じだと、告白したいけど今の関係が崩れるかもしれないのが怖いらしい」
「腕組みして、あんなに密着しているのに!? 何を怖れる必要があると言うの!?」
「私に言われても……」
飛騨は樋口のことを友人や恋人という区別ではなく、樋口という特別な人だと認識しているし、彼もまた飛騨が特別な人という心持ちでこの1年間を過ごしていた。
「それはそうだけどさ……はあ……何それ……なんだったら学校一のバカップルだと思うけど……」
飛騨と樋口の話は、いわゆる公然の秘密とやらになっていた。
教師も知人も友人も、果ては親や兄弟姉妹にまでそのことが知られている。
教師たちは最初の頃こそ2人のことを指摘していたが、後々になって清いばかりで進展のない彼らを焚きつけてしまいかねないと判断し、そっと見守ることにした。
知人や友人も同様であった。高校生の間にちゃんとくっつくかどうかの賭け事の対象になっているくらいだ。
今では、本人たちだけがお互いへの気持ちを秘密だと思っており、今日もゆっくりと2人の時間が過ぎていくのだった。
なお、飛騨が樋口に本当にキスをしたのか。したとすれば、それはどこになのか。事実かそうでないかも含めて、これは飛騨だけが知る秘密である。
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