第6話:転生竜の飛翔実験そして飛翔の先
昨夜の侵入者は、残念ながら取り逃がした。
しかし、それらにだけ構う余裕はない。
決められた計画を、遂行していくだけだ。
夜明け前。研究所屋上の観測塔には、薄明の空と、冷たい山風が交錯していた。
屋上の床には、巨大な魔力検知アンテナと、竜種飛翔実験用の魔法陣が設置されている。
アステリア・フォースターは、深呼吸をひとつして塔の端に立っていた。
タカシ・シラカワはその隣、剣を鞘に収めて待機している。
「グライ、準備はいい?」
アステリアが優しく声を掛ける。
竜──転生竜グライは、まだ幼態だがその瞳には覚悟の色が宿っていた。翅をゆらりと広げ、滲む魔力の輝きを放つ。
「いくよ。まずは飛翔実験、始動」
アステリアが紋章系魔法(Siglum)を展開。空中に浮かぶ文字と紋章が光を帯び、竜種を包む。
「魔力障壁解除。ダミー飛翔コースを展開」
塔のガラス床が開き、下方には安全ネットと魔力緩衝装置が設置された。関係者のみの極秘実験だ。
グライが、低く唸るように息を吸った。羽ばたきが始まる。
ゆっくりと、地面から数メートル上昇。観測塔の照明が反射し、翅が淡く緑色に輝く。
「上昇魔力、安定。翼展開、正常。飛行開始!」
タカシがレポートを読み上げる。
その瞬間、塔の上空を飛翔するグライの姿が、遠く山岳地帯の雪景色を背景に映った。
だが、歓声を上げる暇もなく、警報が鳴った。
「警戒警報発令。地下魔力変動異常、監視区画侵入を確認」
アステリアはすぐに判断を下す。
「タカシ、グライを安全区画へ回避させて。私は追うわ」
タカシは頷き、グライを屋上から離脱用魔法陣へ誘導。
アステリアが一気に観測塔の螺旋階段を駆け下りる。
地下二階。魔法種保護区。封印格納庫。
薄暗い通路の先に、侵入者の影があった。黒マントの人物が、封印装置を破ろうとしている。
「止める!」
アステリアが紋章魔法を放つ。結界が部屋全体を包み、侵入者が動きを止めた。
「なぜ、ここに?」
アステリアが問いかける。侵入者の黒いフードの中から、冷たい瞳が覗いた。
「お嬢さん…その“丸さ”だけじゃない。お前が持つ知識と血筋、そしてその守る“ドラゴン”の未来を、我らは手に入れるのだ」
声の主は、カルザニア連邦の情報部所属エージェントだった。
「王国の軍事利用、研究所の技術、転生竜の力…混ぜ合わせれば、世界が変わる」
その言葉に、アステリアは微笑んだ。
「いいでしょう。世界が変わるなら、わたくしが変える。わたくしは令嬢である前に、守る者ですから」
決意の声とともに、アステリアの瞳が炎のように光る。
朝靄が立ち込める王都の城壁の上。太陽が山岳の稜線から顔を出し、金色の光を城に注いでいた。
その光のなか、城内では急ぎの王会議が招集されていた。召集を告げたのは、王座に座する老王と宰相、そして居並ぶ貴族たち。
だが、いつもと雰囲気が異なった――。
王国の守護たる“魔法種”の飛翔実験成功。そしてその裏で起きた侵入事件。これを受けて、王宮は即座に対応策を議題に上げていた。
老王が重々しく口を開いた。
「リフローダ王国は、ただ“魔法種を守る王国”であってはならぬ。隣国が我々の研究を狙っている今、王として何を為すべきか——決断の時である」
宰相が資料を提示する。テーブルには――
転生竜グライの飛翔実験レポートや密猟国家カリドア皇国からの潜入者情報、諜報国家カルザニア連邦による傍受データ並びに国際魔法種管理条約改訂案が置いてあった。
老王が杖を軽く叩く。
「この四つを総合すれば、我が王国の進むべき道は明らかだ。『防衛』から『主導』へ――魔法種の管理義務を越え、技術と知識の輸出を視野に入れよう」
一部の貴族からはため息が漏れた。王室が掲げてきた保護第一主義からの転換、そして輸出主導という言葉。まさに国家戦略の大転換を意味していた。
扉が静かに開いた。
アステリア・フォースター侯爵令嬢が一歩入室する。護衛騎士タカシがその後に控えていた。
宰相の声が止まり、場が一瞬凍る。貴族たちの目がアステリアに注がれる。
「侯爵令嬢、ご報告を」
宰相は促した。アステリアは深く礼をしてから資料をテーブルに置いた。
「グライの飛翔実験にて、竜語を理解する転生者型魔法種である可能性が判明しました。そして、転生者——特に前世の記憶を持つ人間とのリンク解析を進めることで、魔力共鳴効率が飛躍的に上がるデータを得ています」
老王の細い眉が上がる。
「つまり、人間の転生者がキーになると?」
アステリアは少しうなずいた。
「はい。分析データでは、転生者と魔法種のリンクが“魔力共鳴率+27.4%”という前例外の数値を示しました」
タカシは静かに剣を抜き、机の上に置いた。そして言った。
「ですが、その技術を輸出させたら、王国が技術的に追われる立場になります。倫理的にも、転生者を素材として扱うことに疑問があります」
老王は目を細めた。
「その懸念は理解する。しかし、我が王国が今後も孤立を避けるには、他国の追随を許さない体制を築く必要がある。転生者と竜種、その技術を我が国の主導とする。」
アステリアは静かに立ち上がった。
「わたくしが…その体制の“橋”になります。そして、わたくしの友であり護衛であるタカシが、その先駆けになります」
老王はその言葉を聞き、少し間をおいてから微笑んだ。
「よかろう。令嬢、タカシ。王国の道標となれ」
会議は閉会し、アステリアとタカシは背中を合わせて王座を見上げる。
タカシが口を開いた。
「令嬢…あなた、本当にこの道を選ぶのですか?」
アステリアはそっと微笑んだ。
「ええ。令嬢である前に、守る者ですもの」
その言葉に、タカシは小さく息を吐いた。
「分かりました。では、共に参りましょう」
城外。王都の大通りを歩く二人。
人々が振り返り、噂をささやく。貴族も平民も、彼らの背中を眺めていた。
そして、夜。研究所の一室。
アステリアの机の上に、小さな白いモフモフの影が現れた。猫のようで、丸くて、仰向けになっている。
「そろそろ、次の道を行く頃合いでしょうか……」
その声は、深く低かった。
月光がその影を照らす。
玉のような瞳が世界の決断を見据えていた。
次の道とは?
次話に続きます。
お付き合いくださいまして、ありがとうございます!




