第5話:前世の記憶と研究所の影
夜の王立学園。
窓越しに満天の星が瞬き、虫の声が静かに響いている。
しかし、その静謐さの裏には――緊張と不安が蠢いていた。
アステリア・フォースターは、ひとり校内の図書室で書類を繰っていた。
転生竜グライの出現を受けて、王宮宰相から研究報告書の作成を急がれていたのだ。
「タカシ、少し顔を見せて」
控えめに声をかけると、廊下のドアが“コトッ”と開き、護衛騎士タカシ・シラカワが静かに入ってきた。
「何? 令嬢」
「二人だけの時は、リアでいいよ。聞きたいことは前世の記憶だ。タカシの」
アステリアは書庫の片隅にひとつ席を作り、タカシを促す。
タカシは深く息をつき、か細く言った。
「日本という国で生きていた。何かの事故で命を落とす直前、白く丸いモコモコの猫が、私にこう言ったんです。――『あなたにその気があるのなら、一緒に行きましょう』。そこで猫の手を掴んで、気づけばここにいました」
アステリアは静かに頷き、机の上の資料をめくる。
「その『その気』っていうの、転生の気だったのか……」
タカシは言葉を続ける。
「多分。しかしそれだけじゃない。最近、夢の中に竜語が出て来るようになって……あのグライが喋った言葉、胸に響いたっていうか」
アステリアが鉛筆を走らせた。
「分かった。いいわ。明日、宰相と魔法研究所幹部らに報告を出しましょう。君の前世、転生の可能性、竜種とのリンク……すべてをそこで整理します」
その夜、王都の西郊にある魔法研究所。それは王宮直属の施設で、普段は厳重警備下にある。
今宵、ひとつの影が研究所の窓外を伺っていた。
細身のシルエット。黒いマントを翻して、研究所地下区画への侵入を企てる。
その者の目的は――転生竜グライと前世転生者の両方を手中に収め、国力の源たる魔法種を根こそぎ奪うこと――
翌日。
研究所の会議室にて、アステリア・フォースター、タカシ・シラカワ、そして王宮宰相が机を囲んでいた。午後から始まった報告会は、長い時間を要している。
「グライは、既に転生者の可能性を示しました。前世の記憶、日本語の理解…これらは偶然ではありません」
宰相が言葉を継ぐ。
「王国はこの機会を逃してはなりません。魔法種を“保護”するだけではなく、活用へと転じるべき時が来たのです」
アステリアは眉をひそめる。
「活用……とは?」
宰相は深く頷いた。
「転生者と竜種のリンクを解析し、国家防衛の新兵器とする。研究所の最上階──『転生解析塔』を増設すれば、竜語翻訳、魔力共鳴実験、そして次なる覚醒種の育成が可能です」
タカシの目が鋭く光った。
「それって、国家レベルの倫理を超えてますよね」
アステリアも声を震わせる。
「私たち『ぽってらヤマネコ令嬢と護衛騎士』以上の働きが要求される、ということですか?」
宰相は冷たい声で返した。
「選択肢はありません。今、我が王国が立ち遅れれば、他国に“魔法種の主導権”を奪われる。リフローダ王国の存続に関わる重大案件です」
その時、窓の外で警報が響いた。研究所地下のモニターに映るのは、黒マントの侵入者。
アステリアとタカシは即座に立ち上がった。
「令嬢、私が前に出ます」
タカシが剣を抜いた。
「私も参ります」
アステリアは静かにうなずいた。
侵入者が深部へと逃げ込む中、研究所全体に封鎖魔法が発動。冷たい魔力の風が廊下を駆け抜ける。
アステリアは背後で感じていた。
――この研究所が、彼女にとって保護する場所から、戦う場所へと変わったのだ、と。
「――いいわ。守るべきものが増えただけのこと。タカシ、行きましょう」
そして、二人は、未知と陰謀の奥深く――研究所の最深部へと駆け出していった。
夜空に、白くまん丸な月だけが、二人の背中を見守っていた。
設定補足:魔法研究所・リフローダ版
■名称
リフローダ王国魔法研究所(略称:魔法研究所)
■位置・構造
王都西郊、山と森に囲まれた静かな丘陵地帯に建設。
地下三階、地上五階建て+屋上観測塔。魔力源・試験・封印格納庫
地下二階:魔法種保護区(ドラゴンフライG幼体/転生竜グライ格納)
地下一階:監視・警備・研究員控室
地上一階:来訪者受付・展示資料館
屋上:観測塔・魔力検知アンテナ・竜種飛翔実験場
■主な機能・役割
魔法種(特に竜種・転生種)の保護と解析。王国の魔力資源を国家戦略として管理。
王立学園や軍部と連携し、魔法技術の教育・運用。
転移魔法・竜語・魔力共鳴機構の研究。
国際協定に基づき、他国からの魔法種流出防止・監視。
■倫理・リスク
転生者・竜種の人権/契約問題。魔力暴走・竜種覚醒による災害の可能性。
他国との軍事利用競争。研究所内部における機密漏洩・密猟資金誘導。
Q:タカシが「猫の手」と言ってますが、それって肉球を掴んだってこと?
A:いえ、単なる猫の手です(肉球にこだわりでもあるんか?
お読みくださいまして、ありがとうございました!!




