第4話:竜種の目覚め
王立学園の最深部に、外界から完全に遮断された区域がある。
その一角にあるのが、魔法温室。
魔力変動の激しい魔法種や、特殊植物、竜種の卵などを保護・観察・育成するために作られた、国家直轄の特別施設だ。
扉は七重の封印魔法で閉ざされ、出入りには“管理者コード”が必要となる。
その扉の前で、アステリアとタカシが立っていた。
「入室コード確認。『フォースター侯爵家・臨時執政官、アステリア・フォースター補佐官は護衛騎士タカシ・シラカワ』……認証完了」
機械音声が響くと同時に、温室の扉が静かに開いた。
一定気温に調整された温室の中は静まり返っている。
だが、確かに生命の気配がある。
温室中央に浮かぶ、水晶製の魔力隔離装置に、翅を折られた碧色のトンボが静かに横たわっている。
「魔力バランスが崩れてきてる。回復水を注入して、安定化を」
「了解」
タカシが手際よく魔術具を操作し、淡い水色の液体がスフェラ内に注がれる。途端に、トンボの翅が微かに震えた。
アステリアがそっと囁く。
「……大丈夫よ。あなたはリフローダの“命”。守るからね、絶対」
その瞬間だった。
――ピシィッ。
ガラスが割れるような音が、スフェラの内側から響いた。
「魔力が急上昇!? まさか! 竜化が始まる……ッ!?」
タカシの叫びと共に、温室全体に警告灯が点滅し始める。
青く光るトンボの体が、突如として緑色の魔力に包まれ、その体積を拡張し始めた。
翅は光の粒子に変わり、背から生えたのは――二枚の半透明の竜翼。
スフェラの内部で、トンボが“竜種”へと姿を変えていく。
「成体ではない。けれど……これは、ハーフ・ドラゴンフライ!」
碧色の瞳が、アステリアとタカシを見つめる。
敵意はない。
しかし、恐ろしいまでの魔力が空間を満たしていた。
「……このままでは抑えきれません。封印結晶、発動しますか?」
タカシが指にかけたのは、禁呪封印に用いる黒曜の結晶。発動すれば竜化は止められる。
だが――
「だめ。彼は暴れてない。むしろ、助けを求めてる」
アステリアは、ゆっくりとスフェラの元へ歩を進めた。魔力障壁が肌を刺すが、怯まない。
「私はアステリア・フォースター。リフローダ王国の守護者のひとり。……名前はあるの?」
言葉に反応するように、竜の瞳が揺れた。
その瞬間、温室の魔導石が共鳴し、竜語を翻訳する魔法が自動的に起動する。
『……名、アル。ソウ、イワレタ……ワレ、【グライ】』
竜の口が動かずとも、音は空気を振動させ、確かにアステリアに届いた。
『ワレ、オマエ、ミタ。マエノセカイ。マエノオトコ』
その言葉に、アステリアの顔が凍りつく。
「――前の、世界?」
横で、タカシがゆっくりと目を細めた。アステリアも気づいていた。
この竜、いや【グライ】は――。
転生者、である。
しかも、タカシと同じように前世の記憶を持っている可能性が高い。
「……ねぇ、あなた、日本語を理解できる?」
アステリアが、口調を変えて尋ねる。
竜が一瞬、翅を震わせたあと――
「……ウス……こっちノ言葉、慣レナイ。ノド……カラッカラ」
唐突に発せられた、流暢な日本語。
温室内の時間が、ぴたりと止まった。
「……アステリア様」
「ええ、間違いないわ。この子、異世界から来た転生竜よ」
こうして、王立学園にまた一つ――歴史に記される事件が加わった。
「転生竜グライ誕生案件」
この一件は後に、リフローダ王国の命運を大きく左右することとなる。
補足資料:転生竜グライ
■【名称】
・グライ(Glai)
・通称:「碧の転生竜」
■【種族】
・ドラゴンフライG(碧色トンボ)からの変異個体
・ハーフ・ドラゴンの段階にあり、完全竜種への覚醒は未確定
■【前世】
・記憶の一部に「日本語」と「人間の感情」を含むため、異世界の人間であった可能性が高い
■【能力】
・小規模な魔力操作
・記憶共有、魔力言語(竜語)による精神干渉
・完全覚醒時には飛行・風属性魔法行使能力を獲得予定
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