表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/16

第14話:霧の背に潜む

 王都の早朝。

 霧が薄く街を包み込んでいる。


 馬車の車輪が転がる音とともに、アステリア・フォースター とタカシ・シラカワ は、学園の「監視塔」へと向かっていた。


 今日は「竜種暴走事件」の調査・再発防止の一環として、学園敷地内に設置されていた霧の立ちこめる庭園――旧・飛翔演習区跡地に赴く。


「令嬢、今日はあの霧がいつもと違うと、学園警備隊から報告あります」

「どういう意味かしら?」


 タカシが馬車の窓から外を覗くと、庭園を囲む欄干のあたりに薄く、揺らめく影が見えた。

「……複数人の気配、且つ、魔力波が異質です」


 霧が深まり、視界が悪くなる中、アステリアは手慣れた動作で魔鏡を取り出した。


「幻視結界・薄霧輪……この霧の中でも真実を映せる術式。準備はいいわ」

 タカシは剣を軽く抜き、警戒態勢を整える。


 庭園に足を踏み入れると、冷えた湿気とともに、零れ落ちる魔力の残滓がちらつく。

 アステリアが一歩、また一歩と進むたび、足裏に金属の金具が引っかかる。

 彼女が欄干を跨いだとき、声がした。


「踏み込みなさい。影はあなたの後ろに」


 アステリアが振り返ると、そこには――

 霧の中に浮かぶ、羽根のようなものが二枚。


 それは一体の若い竜種だ。翼はまだ若く、体格も成体に及ばないが、瞳の奥には、深い意志と痛みが宿っていた。


「……どうして、あなたがここに?」 


 アステリアの声は震えていた。竜種が低く唸る。

 その唸りに続いて、タカシが静かに詠唱を始める。


「封翼結界・零……羽ばたきを封じ、魔力波を探査」


 だが、竜種は動かない。むしろ、こちらをじっと見つめている。

 そのとき、霧がざわめく。

 複数の影が、霧の中から現れる。数にして五。全てが人間だ。

 マントを翻し、フードから赤い眼光がのぞく。


「目印、確認。転生者および竜種の確保開始」


 仮面の声が冷たく響いた。

 アステリアは守るべき竜種と対峙したまま、タカシの方をちらりと見る。


「待て、タカシ。この子を保護しなきゃ……でも、今は私が先に行く」

「令嬢…?」

「お願い、少しでも時間を稼いで」


 タカシは頷き、短く「了解」と返す。それだけで十分だ。


 アステリアは静かに詠唱を始めた。

「魂契印・月輪――私の契約を、貴方の痛みに捧げる」


 足元に、月の模様を描いた輪が浮かぶ。

 同時に竜種の体が震え、翅の先から光る羽毛が舞った。


 一方タカシは、剣を構え、仮面たちに対峙する。


「護衛騎士ごときが、英雄令嬢の影になるつもりか?」


 タカシの剣が仮面のマントを裂き、血の霧が舞う。

 その隙に、アステリアの魔法が竜種を包んだ。

「大丈夫、怖くない。私がついてる」

 月輪の魔力が、竜種の体に静かに浸透していく。

 

「確保失敗、対象脱離」

 と、霧の中の仮面たちが退却を始めた。


 タカシが一人追おうとするが、アステリアが手を上げた。

「今は追わない。まずはこの子を助けて」


 竜種が、小さく鳴いた。

 それはまるで、「ありがとう」と言っているようだった。


 アステリアが微笑んだ。


「ほら、覚えてる? あなたと私、契約したじゃない。そして――誓ったわね」

 タカシがその場に立ち尽くす。


「……ああ」

 

 

 王都の港の裏手に並ぶ倉庫。

 禁制品流通を請け負う棟の一角に、設けられた密室。

 運搬車両が待機している。


 そこで、静かに執り行われようとしている。


 それは「竜種の輸出の儀式」である。

 国家間の「共同管理」の名のもとに、竜種を「商品」として運ぶ手続きだった。

 護衛騎士たちが警備を固め、更に魔導師が魔法陣を床に刻む。


 アステリアは、その場に立ち会う王国側の代表である。

 傍らには当然の如く、タカシが控えていた。


「王国としては、今回は試験輸送です。竜翼装甲プログラムに基づく移送実験。失敗は許されません」


 王国魔法研究所の技術監督官が、淡々と説明を始める。

 アステリアの表情は硬い。


「これが共同管理という名の、輸出許可の前段階ですか?」

 監督官は一瞬言葉を詰め、うなずいた。


「はい。王国議会の承認を得た上で、転生者および竜種の意志を尊重する条項を付けました。但し条項を守れるかどうかは…」

 言葉はそこで止まった。


 その時、倉庫の扉が激しく揺れる。扉の外では、低い唸り声とともに、木箱の中で何かが暴動を起こしていた。


「竜種、覚醒か!?」


 騒然となる場内。護衛騎士が剣を抜き、魔導師が魔力結界を張る。

 木箱の蓋が割れ、蒼く光る瞳と巨大な翼が姿を現す。

 “ハーフ・ドラゴン”の体躯を持つその個体が、怒りを爆発させた。


「――やめなさい!」

 アステリアが大声を出す。

 魔法陣が床に光を放ち、彼女の声に反応するように空気が震えた。


「私は、あなたをモノとして、扱わせはしない」


 竜種の瞳が揺れ、そして静かに羽ばたいた。

 護衛騎士たちが一斉に構えるが、竜種はその隙をついて空へ跳び、「月虹協定」の旗が翻る夜空を背景に消えていった。


 残されたのは、爆発した輸送装置、散乱する木片、そして議会に提出されるべき「輸出許可案」のドラフト版だった。

 アステリアは剣を納め、タカシの肩に手を置く。

「……この儀式、失敗だった」

「無事で、良かった」


 夜、王宮の書斎では、議会資料が高く積まれていた。

 アステリアは一枚の書類を手に取り、墨の染みた文字を読み上げた。


「竜翼装甲プログラムⅡ:竜種移送・軍用転用前提 拡大輸出条項案」

 彼女は深く息を吐き、机を叩いた。

「この条項は、王国の理念を根底から変えるもの。わたくしは、これをこのまま承認させるわけにはいきません」


 タカシは静かにうなずいた。

「令嬢、これからの戦いは議場と戦場、両方になる」

 アステリアは視線を遠くに向けた。

「ええ。私たちの守るべきもの――生命と意”が、国家の論理に飲み込まれてはいけない」


 月光が窓から差し込む。

 夜の王国には、冷たい風が吹いていた。

 その風に誓う声は熱い。


「私は、たとえ一人でも、この道を行くの」

ここまでお読みくださいまして、本当にありがとうございます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ