第9話:月光の盟約
リフローダの王都ルミア。
その中心にそびえる王宮の玉座の間では、国王直下の緊急会議が開かれていた。
「リフローダ王国議会、特別法案第31号――碧色トンボ密輸未遂事件の対応および外交処理について――」
淡々と進行する宰相の声とは裏腹に、空気は重苦しかった。
アステリアは王の前に立ち、沈黙を保つ。
傍らにはタカシ。そして、黒竜ナイト・ウィルムが小型の姿で魔法結界の中に控えていた。
「侯爵令嬢アステリア、あなたの行動は確かに王国を救いました。しかし、竜種への強制契約は、王法に触れる危険があった」
重鎮の一人が声を上げる。
アステリアは一礼し、穏やかな口調で応じた。
「法を超える時は、国家の命がかかっている時のみです。私はその線を見極めております」
「見極める? 十三歳の少女がか?」
「ええ。十三歳の少女が、王国の中央統治を担っております。それが、リフローダ王国の現実です」
静まり返る室内に、ただ彼女の声だけが響いた。
その夜。
二人は宮廷を離れ、星がよく見える塔のバルコニーにいた。
「タカシ……お前、本当に、命全部出してきたわね」
「……まあな。アステリアが呼んだから」
「……バカ」
風が吹いた。
「でも。うん。ありがとう」
アステリアの言葉は、小さな花のように彼の胸の中でほころんだ。
「タカシ、もし……私が婚約しろって言われたら、どうする?」
「断れ。全力で」
「ふふ、国命であっても?」
「……だったら、国と戦うだけだ」
その真顔に、アステリアは吹き出した。
「じゃあ、どうしてくれる? 明日、縁談の正式調査受けることになったわ」
「は?」
その夜、タカシは真剣に、怒りの感情と向き合った。
王都ルミアにある、フォースター侯爵邸、応接間にて。
白銀の月が中庭を照らす時間、アステリアは慎重に茶器を選んでいた。
(お見合い相手の初手がこれって、もう戦だわね……)
相手はただの貴族子弟ではない。
王国魔法研究所直属、第一魔導塔より派遣された青年、
しかも次期塔主候補、というエリート中のエリートだ。
その名は、カイ・エルセリオ。
魔法学会では知らぬ者のない存在。
十四歳にして精霊交信に成功し、召喚魔法の一部体系を再定義した天才。
「ごきげんよう、アステリア=フォースター侯爵令嬢」
静かに扉が開かれ、青年が一歩踏み出す。
アステリアは彼の姿に、一瞬、言葉を失った。
深い群青の髪。
肌は雪のように白く、瞳はガラスのような青。
まるで、魔法書に描かれた精霊そのもの。
だが――最も彼女の警戒心を揺らしたのは、その目だ。
カイは、彼女の瞳を真正面から覗き込み、こう言った。
「あなたは、魂を継いだ者、ですね?」
アステリアの表情がわずかに動いた。
「……初めてお会いすると思いますが?」
「私には、前世の記憶を持つ魂の波が見えるのです。稀にですが。特にあなたのような、精緻で、輪廻に逆らった存在は、強く光って見える」
アステリアの背後、扉の陰から様子を窺っていたタカシが、一歩踏み出しそうになる。
だがアステリアはそれを制し、カイに向き直る。
「まずは自己紹介からお願いしたいわ」
「失礼しました。カイ・エルセリオ、第一魔導塔所属、十三歳。塔主候補、および魔導系婚姻枠第一順位保持者です」
(つまり、わたくしとの婚約が決まれば、国家魔導の後継ポジションってわけ……)
王宮と魔導塔が、血統と魔術系統の統合を狙って送り込んできた候補者。
それは、政治ではなく──魔法の血統の交配だ。
王国での魔力保持者は、時として人間としての尊厳も脅かされてしまう……。
「……アステリア様は、婚約に対して、どうお考えですか?」
唐突に、カイは問う。
「わたくし個人としては、婚約など不要と思っております」
「ですが、あなたは国家の要。周囲は黙っていません」
「承知しております。だからこそ、選ぶ気がないのです」
アステリアは紅茶に口をつけ、ゆっくりと息を吐く。
「この世界は、力ある者に何を望むのか。それは、個人の幸福ではなく、利用価値。わたくしが誰かの妻として消費されることを、わたくし自身が否定します」
その静かな言葉に、カイはまばたき一つせず、応じた。
「……強い方だ。ですが、その力が必要です。私は、あなたを道具にするつもりはない」
「では、何のために来たの?」
「同じ目を持つ者同士として、手を取りたかった」
その一言に、アステリアの目が見開かれる。
「私は、前世でひとつの世界を滅ぼしました。力の誤用と、知識の傲慢によって」
一瞬、空気が凍りつく。
それはまるで、彼自身が“災厄”であったことを語る告白のようだった。
「生まれ直したこの世界で、私は今度こそ、何かを守りたい」
「……守る? 何を?」
「あなたです。アステリア。あなたの知識と魂は、この世界に希望を遺す力を持っている」
アステリアは言葉を失った。
その直後、どこからか忍び寄ってきた黒い風が応接室を包む。
「アステリア様、下がって!」
タカシが身を挺して飛び込んできた。
「ッ……魔力干渉……? いや、これは──!」
カイの手が光を描く。
「障壁術式・三重結界展開!」
瞬間、部屋の空間が収縮し、壁面に緑の魔法陣が浮かぶ。カイが叫ぶ。
「……これは、王都に侵入した無名の転移体の余波だ。誰かがこの邸宅を狙っている! タカシ、アステリア様を守って。ここは私が結界を保つ!」
「お前、何者だ……!」
タカシがカイを睨むが、彼の瞳には揺るぎない決意があった。
「婚約者候補だ。今はそれで十分だろ?」
その瞬間、天井を突き破って影が降りる。
灰色のローブ、顔を仮面で覆った侵入者。
「ターゲット確認……継ぎし者、確保開始」
「私を名指しとは……面白い」
アステリアの髪が、ふわりと浮き上がる。
「魔力解放・階層第四」
彼女の周囲の空気が爆ぜ、白銀の魔法式が展開される。
タカシとカイが背を合わせるように並ぶ。
「やっぱり、お前にアステリア様を渡さなねぇ」
「安心しろ、まだ勝ち取ってない」
月明かりの下、三人の影が、敵に向かって動き出す。一つの盟約の元に。
後に「塔の夜戦」と呼ばれる事件が始まった。
Q:出てくる男、なんかみんなメンドクサイ。経験談か?
A:知らんがな




