空地図
空に浮かぶ物は、雲だけとは限らない
後数十年もすれば天は歳をとり、今管理を務めている空島『翼』を手離す時期が訪れる。
今はまだ体は達者だ。
島の端から端まで歩行で素早く移動が出来るが、それも若い年齢だからこそ実行出来るわけだ。
島の左側、『左翼』の付け根に腰を落として天は考え、この島の未来について想像してみた。
(翼に新たな管理者をつけるか、はたまたこのまま自然に無人島にするか……どちらが正しい選択なのか)
〈キュイイイイイ……ン……〉
その時、翼が大きく鳴いた。
中心に位置する場所から声を響かせた翼には意志があり、島民達と対話をしてきたのだ。
「翼……管理者を求めるのか?
自由自在に空を移動する無人島には、なりたくない……のか?」
天と翼は空人の念を通して、気持ちを受けとめ合う。
「そうか、ならば管理の後継者を探そうではないか。
島の場所まで案内する『空地図』を送ろう」
天は島の居場所を記した空地図を手にし、それを風に任せて空へと放った。
ラムネ瓶を口に咥え、雫の視線は空の向こうを捕らえている。
視界に映り込んでいるのは、雲でも鳥でもなく、胸が踊り出さずにはいられない『何か』だった。
木の枝に座り両足をブラブラさせて、空の果てに見える何かが、何なのかを確かめようとする雫。
〈シュパア……ン!〉
ビー玉とラムネ水が弾け合う音を響かせ、雫はラムネ瓶を口から外した。
「鳥……じゃないな。
だったらアレは、何だろう?」
ラムネ水に濡れた唇から、細い空気が零れる。
雫が座る木の下から、妹の灯が声をかける。
「姉様、何か見えるの~?」
「何かが、見える……何て言うか……こう……逆三角形の両端から、翼が生えたような何か、が」
そう説明した雫の頭上に、白い紙がヒラリ……と降ってきた。
「ん?
何、これ?」
紙にはこう書かれている。
『私の名は天と云う。
私は空を生きる島『翼』の管理者を務めている。
しかし、いずれは歳をとり役目を退く覚悟でいる。
この手紙を受け取った者に、翼の管理者を受け継いで頂きたい。
島までの地図を記しておく故、気持ちが固まり次第足を運んで頂きたい。
それでは待っている。
天』
(この紙に描かれてる地図、動いてる……っていう事は、これは、本当に空を生きる島へ行ける地図?)
描かれている地図の島や雲はリアルに動いていて、実際に居場所を示しているのが分かる。
「姉様~、父様の修業の時間始まるよ~!」
「決めた、私が空の島『翼』の管理者になる!
灯、私は父様の後継者をおりるから、貴女が修業をこれから受けてね!
じゃ、バイバイ」
ラムネ瓶を握り締めたまま、雫の脚は空中を蹴り、高い空へと翔んでいった。
(人間じゃなく私のもとにこの地図が舞い降りたって事は、私こそが島の管理者になる運命にあるっていう事だよね!
もと天狗の私が‼)
細く折った空地図を咥え、高く舞い上がったもと天狗の雫の目の前に、空を生きる島の背後が見えた。
雫は背中の羽根を強く羽ばたかせ、空の島『翼』の後を追いかけた。
今、空の島『翼』に左翼と右翼が揃おうとしていた。
空を漂流する島は、どこへ向かうのか……