第40話 【実録】偶然なんです
水族館に行った翌々日――。
今、俺は新聞部に向かうため、廊下を歩いている。
そして部室のドアを開けようとした瞬間、横から「割ヶ谷先輩、おはようございます」と挨拶が聞こえた。
「雫か、おはよう……」
隣に突っ立っている雫は、なんだかムスッとした表情をしていた。
なにか変なことをしてしまったのではないか――と不安になりながら、どういうわけか不思議に思う。
「先輩、あれは嘘だったんですかっ!?」
そこまで声は大きくなかったのに、かなり迫力のあるセリフだった。
「嘘って、なんのことだよ――?」
「しらばっくれるんですね。いいですよ、あとで茅根先輩と三人で話し合いますから」
雫はそう言うと、ドアの鍵を開けた。
そして、すぐに部屋の中に入ってしまった。
鍵、まだ開いてなかったんだ――。
そう一瞬思ったが、やっぱり雫が急にどうしてしまったのかが気がかりだ。
俺は少し遅れて、部室へ入っていった。
………………。
…………。
……。
「ガヤ、シズちゃん。おっはよー」
雫とは異なり、いつも通りの元気さでやって来たのは茅根。
俺たちには持てない明るさに、なんだか安心感を感じる。
「おはよう」
「茅根先輩っ、聞いてくださいよ!」
「ん? なにかあった?」
「ありました。大有りです、大有り」
茅根は雫の対面、俺の隣に座った。
すると俺を見て、首を傾げてきた。
「ガヤ、シズちゃんどうしちゃったの?」
「俺が部活来てからこんな感じで……。理由を聞いても答えてくれなかったし」
「そっかー」
雫は鞄からスマホを取り出して、画面をタップしたりスクロールしたりする。
なにかを探しているのだろう。
俺が嘘だっていう証拠がどんなものなのか、俺には見当がつかない。
「ありました。これですっ」
俺と茅根に見えるように、机の中央にスマホが置かれた。
俺たちは画面を覗き込む。
そこには……。
「へー……、ガヤ。本当のことを言ってくれてたって、信じてたんだけどなーっ!」
「いや。本当のことなんだよ、あれは」
俺の言葉を全く聞こうとしない。
しかし、無理はなかった。
…………。
体育祭が終わった後はじめての新聞部の活動のとき、俺は茅根と雫から「掛田と付き合えたんっ!?」「掛田先輩とあんな関係になったんですね」と喜ばれた。
でもそれは(雫の発言は間違いとは言えないが)勘違いだから、「体育祭のときも、風花が付き合ってないと言ってたし、付き合ってないんだよ」と俺は言っておいたのだ。
本当? 嘘でしょ――とは言われたけれど、俺は心からお願いして信用してもらった。
風花と下の名前で呼んでいるのも突っ込まれたのだが、それもなんとか言い訳できた。
付き合っていなくても、下の名前で呼び合うことなんてざらにあるしな。
…………。
だがしかし、俺の前にあるスマホには、俺と風花が仲良くデザートをあーんしあっている写真が表示されている。
完全に、一昨日のあのときの写真である。
しかも、雫が画面を横にスワイプすると、手を繋いでいた。
「盗撮して、悪かったとは思ってます」
雫は、独白するように、一息置いて言った。
「それならなんで撮ったんだよ……」
「付き合ってないとか、割ヶ谷先輩が嘘吐くからですっ!」
「それは――」
言い訳しようとしたのだが、そんなものを聞く気配もなく、雫は俺の言葉に重ねた。
「私たち、応援するって言ったのに、なんで黙ったままでいるんですか……」
雫の声は小さくなっていった。
きっと、自分の意見に自信がなくなってしまったのだろう。
そう思われていたら申し訳ない。
いや、嫌だ。
「ごめん」
俺は机に両手をつき、頭を下げて謝った。
そんな気持ちにさせていた俺が悪いのは、間違いない。
つづけて俺は言葉を紡ぐ。
「本当に付き合っていない。でも、水族館であんなことをしていたのは事実だ。自分でも、曖昧すぎる関係だと思う」
「はい」「うんうん」
雫と茅根は、ときどき相槌を打つ。
「俺はしっかりと伝えたいのに、伝えられなかった。自信がなくて。風花は、初めはわざとじゃなかったにしろ、その後は何度も俺にそういうことを言ってくれていた」
俺は一つ呼吸した。
「俺も、言うべきだとは思ってるよ」
そう言って返ってきた、茅根の返答は予想外のものだった。
「なら、はやく言えばいいじゃん」
いや、予想外ではないな。
普通の考えだ。
でも今までで一番、俺は風花に気持ちを伝えたくなっている。
「そうですよ、先輩。あれで付き合ってないなんて、全く信じられませんけど」
雫も加勢した。
ここに風花がいれば、すぐに俺は言うことができるのに。
言うような雰囲気になるときは、いまみたいな勇気が出ている状態じゃない。
「頑張るよ」
俺は曖昧にそう答えた。
二人がジト目で見てくる。
言う――という確実な答えじゃなかったのに対してだろう。
「まぁいいですよ、割ヶ谷先輩なんて、そんなもんです」
「だね。シズちゃん分かってるーっ」
堅苦しい場面で、そう場を和ませてくれるのも、とてもありがたかった。
「それじゃあ、部活はじめちゃおうっ!」
茅根は宣言してから、棚へ道具を取りに行った。
さっきの話は終了したのかと思ったが、全くそんなことはなかったらしく、茅根が俺たちの方を振り返った。
「そうだ、その写真ほしいな。シズちゃん、いい?」
「いいですよ、そこのプリンターで印刷したら良いですか?」
「いいよ、いいよっ」
茅根に聞く前に俺に聞くものだと思ったけど、まぁいいだろう。
ちなみに、プリンターがあるのは新聞に写真を貼るために印刷が必要になったりするからだ。
過去の部員が持ち込んだらしい。
ウィーン――。
と、プリンターが起動した。
そして大きめの音が鳴り始める。
「ありがとー」
雫は出てきた写真を回収して、茅根に渡した。
それだけかと思ったのだが、次に俺の方へ向かってくる。
「これ、先輩の分です」
優しさなのか、俺にもくれた。
自分の写真になんだか恥ずかしくなる。
それとともに、風花に悪いことをしている気がした。
「大事にしなよ」
茅根がニカっとして言った。
この写真だけでなく、風花本人のことも言っている――。
そう感じた。




