第34話 放課後練習-3
二回目の転倒だったが、最初に転けたのとは大違い。
どこがと言えば、俺たちが重なってしまったところだ。
足だけの密着とは異なり、身体全体で風花を感じるから、思わず胸の鼓動がとてつもなく速くなってしまう。
もちろんしないが、このまま抱きつきたい――なんて衝動にも見舞われる。
「うぅ……」
風花が痛そうな声を漏らして、身体を少し動かす。
そのせいで、俺の胸板に風花のアレがこすれた。
柔らかいのに弾力があって、これが風花のソレなのか――と謎に感心してしまった。
俺はそれに気づいていないふりをして、風花に話しかける。
気にしてはいけないし、意識を向けすぎてもやばい。
「大丈夫か?」
「ん、一応。晴路がクッションになってくれたし」
「それなら良かった」
予想だにしなかったけれど、風花が床に顔をぶつけたりしなくて安心だ。
「よいしょ――」
風花が立ちあがろうと、声を出した。
そして風花の身体が持ち上がると同時に、目の前10センチくらいのところに風花の顔がやって来た。
俺は瞬発的に目を閉じた。
「ふぅ……」
風花が立ち上がれたのか、そう息を漏らしたから、俺も体を起こそうと思った。
顔を上げると一緒に、目を開けた。
そこに飛び込んできた光景は、壁。
というよりも、少し丸みを帯びていて、制服の生地みたいな色をしている。
すぐに止まることはできずに、俺の頭はそれに衝突してしまった。
「痛……、くない」
枕に顔を沈めたときのような、柔らかいものに包まれたみたいな安心感がある。
「晴路っ、ちょっと顔はなして」
目の前が真っ暗でなにも見えない中、風花の声だけが聞こえた。
くすぐったいのだろうか、息が漏れ出たみたいな声だった。
俺は言われたとおりに、後ろに退いて、そこから顔を離した。
だんだんと視界が開けていく。
そして、今まで顔があった位置にちょうどあるのが、膝立ちしている風花の胸の部分だということに気づく。
「風花、すまん」
「…………」
謝るために風花の顔を見る。
すると、頬が赤くなっていた。
今までにないくらいの濃さをした赤だった。
「わざとじゃないんだ」
なんだか言い訳っぽい気はしたが、俺はとにかく謝った。
「いいよ、別に」
風花は素っ気なく言った。
しかし声が少し震えている気がする。
怒っているからなのか、分からない。
そして、話すのを続けて――。
「晴路だって、男子だもんね」
呆れているわけでない、からかっているのだろう。
もしかしたら違うかもしれない。
でも、俺はそう信じた。
「まぁ……」
俺がちょっとした肯定を返すと、風花はクスりと微笑んだ。
「本番のときにしたくなっても、我慢してよね。周りの目もあるんだから」
「そんな、するわけないよ」
気にするところが周りの目というのが変な気もしたが、俺は否定しておく。
周りの目がないならしても良いのか――?
とは、聞いてみたかったけれど、さすがに聞けなかった。
「冗談、冗談」
風花がこんな軽く返しているのも、俺が深く考えてしまわないようにという配慮なのかもしれない。
もしそうだとすると、申し訳ない気持ちになる。
「とりあえず、足の紐外そっか」
「あぁ、そうだな」
俺が足を伸ばして、その先で足同士が結ばれている。
その紐に手をかけるために、風花は足を曲げた。
風花は俗に言う――体育座りをしたのだ。
もちろん、風花は途中で着替えていないし、スカートのままだ。
「風花、見えてる」
「見えてるって?」
「下っ、スカートっ!」
俺は指をさした。
その先にあるのは、重ねばきしたスパッツや短いズボンではなく、正真正銘の白色をしたアレだった。
「っ。あー……、見えた? よね」
風花はとっさに足を曲げて隠してから、そう言った。
「まぁな」
どうせバレているのだし、俺は嘘を吐けなかった。
すると風花は左手でスカートを押さえながら、言い訳するように声を大きくした。
「学校ではそのままじゃないんだけど――。大丈夫かなって思って、さっき脱衣所で脱いだの」
別にそこまで説明して欲しかったのではないが、風花は事細かに理由を語ってくれた。
語弊を恐れずに言えば、いつもは見れないものを見てしまったのだ。
なんだか特別な感じがして、そういう意味でも少し気をよくしてしまう。
「そうなんだ……」
俺はそう相槌を打った。
風花がめくれないように細心の注意を払いながら、紐を解いていく。
俺がすればよかったとは、あとあと気づいた。
「よし、できた」
風花は安堵したように、ベッドに倒れ込んだ。
俺はそこから目を逸らす。
さっきそういうのがダメなのだと学ばなかったのか――? と思ったが、突っ込んだら負けな気がしてできなかった。
「そうだ――」
風花がそう言って、上半身だけ起こした。
思わず風花の方を見てしまったが、スカートの中は守られているようで安心する。
「どうしたんだ?」
「汗かいちゃったよね。だから、なにか飲むかなって思ってさ」
「いいの?」
風花は「もちろん」と言って、部屋を出て行った。
さっきよりも風花の部屋に慣れた。
俺は床に腰を下ろす。
風花が持って来てくれたお茶がいつもより美味しく感じたのは、疲れた身体に染み入ったからだけでないと思う。
………………。
…………。
……。
「じゃあ、そろそろ解散にしよっか」
「あぁ」
ハプニング過ぎた二人三脚の練習は、ようやく終了することになって、俺は玄関で風花に見送られながら家に帰った。
どうしてこんな、物語みたいな展開になってしまったのかとつくづく思う。
その後、あともう一日だけ、風花の家で練習をした。
そして10月の初旬、体育祭の当日になった――。




