第26話 夏祭り-花火
「もう、まあまあ人いるじゃん」
「ほんとだ、予想以上」
俺たちは一番花火が綺麗に見えるスポットへとやって来た。
地元ではみんなが知っているところだからか、すでに場所取りをしている人がたくさんいた。
「早めに来ておいて良かったね」
「あぁ、そうだな」
「えー……あっ、あそこに座ろっ」
掛田さんは辺りを見渡してから、一ヶ所を指さした。
そこからなら、花火がよく見えそうだ。
人と人の間を縫うように歩き、地面に置いたハンカチの上に座った掛田さん。
その隣に俺は座る。
夏休みにしたこととか、なんでもない話をして五分ほどが経っただろうか。
そのとき――。
「あれ、風花?」
そう、見覚えのある声が聞こえた。
後ろを見てみると、そこには夏実がいた。
「「夏実っ」」
俺と掛田さんの言葉が重なった。
夏実の口角がだんだんと上がっていき、ニヤニヤし始めた。
その目は俺たちを交互に見るが、最後は掛田さんに向かった。
「風花、今日用事あるっていうから、私、家族と来たんだけど……ね、そーいうことか――」
「うん」
掛田さんは夏実よりも俺を選んだのだと、会話から分かった。
それは、なんだか嬉しい。
「ふーん。じゃあね」
軽く相槌を打つと、夏実はすぐに帰ろうとした。
いつもなら、もう少し話してきたりしそうなのに、不思議だ。
「「…………?」」
それは掛田さんも同じようで、俺たちは互いを見て、おかしくない? とアイコンタクトをとる。
その様子を見た夏実までも、不思議そうな表情を浮かべた。
「どうしたの、そんな変なもの見たみたいな顔して」
「いやだって、やけに素直に帰ろうとするなって思って」
すると、夏実は少し微笑んだ。
「二人を邪魔するわけにもいかないからね。せっかくの夏祭りデートなのに――」
夏実が揶揄うようにそう言った。
あの店の店主といい夏実といい、なぜデートだの、付き合ってるだの言うのだろうか。
「いやいや」
俺がそう反論しようとしたら、夏実はそそくさと歩き始めた。
俺も掛田さんも、呆気に取られて眺めていると、夏実は一度だけ振り返って、親指を立てた。
頑張れ――。
それは、どちらに対してのジェスチャーだったのか、両方あり得るからはっきりとしない。
もしかしたら、どちらも、なのかもしれないが。
………………。
…………。
……。
人混みのざわめき、屋台の掛け声を背景音楽に、掛田さんと無駄話をする。
夏実と出会ってから15分ほどが経ったとき――。
ひゅー。
と、なにかが風を切る音が上から聞こえた。
その音の方向に目を遣ると、ドンっ――と空に赤い光が爆ぜた。
「おぉ」
「すごい」
俺も掛田さんも、思わず声が漏れてしまった。
そしてまた、音が聞こえて、空で花火が爆発する。
何発もが同時に上がったり、なにかの形を模していたり、様々な花火が見える。
一昨年、去年よりも断然、今年の方が綺麗だ。
…………。
クライマックスを迎え、今までで一番大きな花火が打ち上げられた。
それが爆ぜるのと同時に、いくつもの小さな花火が光った。
そして、一帯は静寂に包まれる。
人々が終わったと確認してから、次々と立ち上がった。
周囲はもう、賑やかになってしまった。
俺も手を地面につき、立とうとした――が、掛田さんに腕を掴まれて制止される。
「待って……」
こちらを見てくる掛田さんの顔が、艶めかしい。
俺を止めたのが、花火の余韻を味わいたい、そんな理由でないのが伝わる。
「割ヶ谷――」
周りの雑踏の音は一切聞こえなくなった。
掛田さんにしか、集中できない。
「あー、えっと……わたし、ね」
そう言い淀むのさえ、大事にしたい、心地よい。
今から俺は、掛田さんからなにを言われるのだろうか――。
予想される選択肢の内の一つ、それを俺は期待していると気づいてしまった。
掛田さんと関わり始めてから、2、3ヶ月ぐらいしか経っていないが、その関わりで、掛田さんの良いところがすごく伝わってきた。
その結果、掛田さんを特別にしたい、そんな感情が出てきた。
そうか……。
これを好きと言うのだろう。
惰性で好きじゃないという思考を残し続けていたせいだ。
ずっとそうだったから、そんな理由だけで、俺は掛田さんの気持ちを避けていたのだ。
もし、今、掛田さんに好きと言われれば、喜んで付き合いたい。
そんな気持ちが渦巻く。
「あの――」
今、俺の意識中には掛田さんしかいない。
俺は息を飲む。
掛田さんは息を吸った。
「つ、つ……」
掛田さんの目は、俺を貫くようにまっすぐだ。
付き合ってください。
そう言ってくれたら、俺の悶々はこれで解決して幸せになれたのだろう。
しかし、掛田さんから告げられた言葉は違うくて――。
「つぎからは、下の名前で、呼んで欲しいっ……かな?」
「…………」
俺は拍子抜けしてしまい、言葉が出なかった。
「…………」
掛田さんも黙ってしまっているから、俺はだんだんと頭の中が処理できてきた。
つまり、俺は告白されず、名字ではなく名前呼びをしてほしいと言われた。
「……ああ、分かった」
「ほんと、嬉しい」
掛田さんは笑った。
はぁ。
俺の気持ちは、どこへやればいいのだろうか――。
あのときの、俺が好きだと声高らかに言っていた掛田さん。
そんなふうに俺も言ってしまえば、抑えきれない気持ちを解放すれば、楽になれるのだろうか――。
きっと掛田さんはイエスと言って、俺たちはそういう関係に発展するに違いない。
しかし、俺は勇気を出せない。
「じゃあ、ちゃんと下の名前で呼んでね、晴路」
「っ……」
掛田さんは俺のことを下の名前で呼んでくれた。
驚きつつも、俺もそれに応えないと――という感情が生まれる。
「晴路っ?」
「もちろん。……風花」
ふふっ、と掛田さんが――いや、風花が声を漏らして微笑んだ。
今はこれだけで我慢しておこう。
気持ちを伝えられない自分を言い訳するように、俺はそう自分に言い聞かせた。




