第七話:恋愛包囲網とアカネの崩壊寸前
戦技大会――終わった。
優勝者:私、アカネ・マサムネ。これで、やっと、静かな日常が戻ってくる。
そう信じていた。心の底から。魂から。
――甘かった。
「アカネ嬢! 優勝おめでとう! さあ、祝勝のキスを!!」
「断る!!」
「マサムネ、勝利の祝杯は、君の部屋でどうだ?」
「丁重にお断りする!!」
「今日から毎日、私を斬りに来てほしいの……」
「怖いわ!! いろんな意味で怖いわセリス!!!」
「………………」
私は、人生で初めて、壁を殴った。
あの日、戦技大会の“公開告白権”は、私の意思とは関係なく発動された。
いや、教師たちが勝手に「せっかくだから使おう」みたいな空気になったんだ。最悪すぎる。
案の定、全方位から告白が殺到。
男子、女子、貴族、平民、王子、変態、ストーカー、冷徹、無口、百花繚乱。
「アカネ嬢! 僕と婚姻届けを記入してほしいんですが!?」
「一周回って犯罪臭がする発言だなジルク!!!」
校内では、もはや“アカネ争奪戦”なる掲示板まで作られ、
私の好みや言動が毎日“検証・共有”されているという悪夢のような現実。
しかも、なぜかそれに教師陣すら加わってきた。
「マサムネ。お前の気迫、実にいい。……私の息子を紹介しようか?」
「全力で断るううううううう!!!!」
***
放課後。裏庭の物陰。
ようやく誰もいないと思って一息ついた瞬間、気配がした。
「マサムネ」
「……クロウか」
彼はいつものように静かに隣に腰を下ろした。
口数が少ない男。だが、妙に居心地は悪くなかった。
「お前、しんどそうだな」
「お前に言われたくないが……正直、しんどい」
「……もし、嫌なら言ってくれ」
「ん?」
「俺は、お前の剣が好きだ。だから一緒にいたいと思ってる。でも、それが“重い”なら、ちゃんと引く。迷惑にはなりたくない」
「………………」
……あ、なんか涙出そう。
こっちは毎日「ぶって!」「斬って!」「結婚して!」の嵐のなかで、久々に“人間”と会話してる気がした。
「……ありがとな」
私はそう言って、クロウの肩に軽く拳を当てた。
でも――その瞬間。
「アカネ嬢~~~!! そこでなにしてらっしゃるんですか~~~!?!?」
「ひゃっ!?」
草むらの奥から、バシャァ!と水飛沫のように飛び出すジルク。
背後からは王子レオニス、正面からはセリス、上空からはドローンを飛ばして監視してたファンクラブ女子連。
「なんで全方向から来るんだよおおおおおお!!!」
私は、限界だった。
精神的にも物理的にも。
恋愛? モテ期? 乙女ゲー?
冗談じゃねぇ。私の人生は剣一本だ。恋愛なんていらねぇ!!!!
「もう知らん!!!」
叫んで、私はその場から走り出した。
木剣を握りしめ、ただただ走った。
どこまでも。どこまでも。
自分の“剣士としての道”が見えなくなりそうで、怖かった。
モテることが、嬉しくなんかない。
好かれることが、誇らしくなんかない。
私は、ただ――
「私は……ヒロインじゃねぇんだよ……っ!!」
声が、涙で震えた。
***
その夜。
クロウから、一通の手紙が届いた。
「お前の居場所がなくなったときは、俺が隣にいる」
「――剣士として。それだけは、信じてくれ」
バカ。
なんでそうやって、真っ直ぐに刺さること言ってくんだよ……!