第五話:謎の青年剣士クロウ登場
もう慣れた。
モテる。好かれる。告白される。なぜか女にも惚れられる。
全部、慣れた。いや、慣れたくねぇけど、慣れざるを得なかった。
あれからセリス・ヴァルターは毎朝私の横にぴったり張り付いてくるし、王子レオニスは「君との手合わせが待ち遠しい」とか言って微笑んでくるし、ジルクに至っては「アカネ様が僕を罵倒した日を記念日にしました♡」というおぞましいカードを下駄箱に入れてきた。
「もう、爆発しろお前ら全員……」
私の心の叫びは、今日も誰にも届かない。
届いたら逆に燃え上がるのがこの学園の恐ろしいところだ。
そんな中。
学園に一人の転入生がやって来た。
「本日より、剣術科に編入することとなったクロウだ。よろしく頼む」
教室の空気が一瞬にして凍りついた。
……なんというか、オーラがすごい。
黒の短髪。鋭い目元。口数が少なく、制服もどこか着崩しているのに、妙に威圧感がある。
そして、背中に背負った“試し斬り用の木刀”がなんかすでに血塗れに見えるのは気のせいだろうか。
「クロウ……って、あの辺境の傭兵団出身の……?」
「王都で数々の模擬戦記録を塗り替えたって噂の……!」
ざわつく教室。騒ぎ立てるのはいつものことだが、今回はちょっと空気が違った。
妙な“怖さ”を含んだ注目だった。
「マサムネ」
突然、名前を呼ばれてビクッとした。
……って、マサムネ?
「……んだよ、苗字で呼ぶな。アカネでいい」
「いや、マサムネで呼ぶ。そっちのほうがしっくりくる」
「……は?」
クロウはゆっくりと私の席の隣に腰を下ろした。
教室内のざわめきが再び広がる。
「お、おい! クロウ、そこは――」
「座る」
問答無用。隣のやつを目で追い払って当然のように私の隣に居座った。
「……なんなんだお前は」
「お前の剣、気に入った」
「……またそれかよ」
なんでここの連中は“私の剣”に惚れるのがデフォルトなんだ。
「………………」
けど、クロウはそれ以上は何も言わなかった。ただ静かに机に座って、私をちらっと見て、それきり。
……いや、気まずい!
こっちは何か言われるの待って身構えてるのに無言ってなに!?
ある意味一番怖いんだよこの手の無口系!!
***
その日の放課後。
剣術科の自主練場に、私とクロウ、そしてなぜかセリスまでいた。
「私も混ざるわ。いいでしょう?」
「勝手にしろ……」
クロウは剣を握って一言。
「マサムネ。立ち合え」
「いや、言い方がなんかこう……武士かお前は」
だが構えると、わかる。
こいつは、本物だ。
強い。恐ろしく、無駄がない。
そして、私の動きを完全に“見ている”。
「……くっ!」
木剣を交えるたびに、こちらの癖を読み取られているような感覚。
相性は、悪くない。むしろ――
「お前、私の動き……合わせてんのか?」
「……ああ」
「なんでだよ」
「……お前と組めば、俺はもっと強くなれる」
「は?」
「一緒に強くなりたい。それだけだ」
「………………」
やばい。これまでのバカたちとは、別ベクトルでヤバいやつだ。
真っ直ぐ。嘘がない。
剣士として、対等な目線で、ちゃんと“組む”と言った。
その言葉が――胸に残って離れなかった。
***
夜。ベッドの上。
天井を見ながら、私はぼそっと呟いた。
「……組む、ねぇ。あいつと?」
おかしい。なんかちょっと、ドキドキしてる。
そんなはず、ないのに。
私の心臓は剣のためにあって、誰かのために跳ねるもんじゃなかったはずなのに。
「……違う違う違う。これは、その、稽古の充実感とかだ。な?」
私は両頬をぺちぺちと叩き、深呼吸をして毛布を被った。
でも、クロウの言葉が、また頭の中でリフレインする。
「お前と組めば、俺はもっと強くなれる」
……バカかお前は。
そんなこと言ったら――
こっちまで意識するだろうが。