第四話:ライバル女剣士セリス登場
この学園に来て一週間。
モテ騒動は、まるで台風のように激化している。
初日からの男子連中の騒ぎに加えて、王子レオニスとの“手合わせ予定”が噂になったせいで、今や私は『剣士界のヒロイン』とまで呼ばれる始末だ。
ふざけんな。
「だから言っとくけどな、私はヒロインじゃねぇんだよ!!!!」
――と、何度叫んでも無駄だった。
最近じゃ叫ぶたびに拍手が起こる。誰だよその習慣作ったの。
そんなある日。
私は地下訓練場で、いつも通り自主練をしていた。広くて静か、誰も寄ってこない、最高の空間だ。
「……七十五、七十六……ふっ!」
型の練習。汗をかきながらの素振り。これこそ私の求める青春。
だがその静寂は、ひとつの足音によって破られた。
「ふーん……なるほど。あなたが“例の平民剣士”ってわけ」
聞き覚えのない、低く冷たい声。
振り向くと、そこにいたのは――
長い銀髪を三つ編みに結い、切れ長の瞳でこちらを見下ろす、スラリとした少女。
王立剣術学園の制服の上に、黒のジャケットを羽織っている。胸元には特待生の証の銀章。
「……誰?」
「セリス・ヴァルター。上級特待生よ。今期、あなたの剣を“参考資料”として見に来たの」
「はぁ? 人を参考書みたいに言うな」
「事実よ。あなた、ここ数日で相当な騒ぎを起こしてるらしいじゃない」
「騒ぎを“起こされて”るんだ。私は悪くない」
正直、関わりたくなかった。
この手の冷たい美人は、だいたい一言多い。剣士タイプの女子には敵意向けられやすいしな。
だがセリスは、私を値踏みするように見たあと――木剣を手に取った。
「一戦、願えるかしら」
「……は?」
「私、強い相手じゃないと興味が持てないの。あなたが本物か、確かめたい」
いや、いきなり何なんだこの女。
第一声が「勝負しろ」ってどういう神経してんだ。
「……いいぜ。ちょうど稽古相手が欲しかったとこだ」
「感謝するわ――手加減はしないから」
「こっちのセリフだ」
こうして始まったのが、私とセリス・ヴァルターの初対決だった。
***
木剣がぶつかる。火花のような音が響く。
セリスの剣は、美しい。
無駄がなく、冷静で、そして何より――“速い”。
「……ほぉ、やるじゃねぇか」
「そっちこそ……いい踏み込み。やっぱり、ただの野良犬じゃないのね」
「誰が野良犬だコラァ!!」
「ふふ……吠えた」
笑った!?
このクール女、笑ったぞ!?
だがこちらも負けていられない。
私は構えを変え、一気に間合いを詰め――
「でぇええええええいっ!!」
渾身の一撃を叩き込んだ。
ガッ、と音を立ててセリスの木剣が弾かれ、床に転がった。
「……一本だな」
「……ふふっ」
また、笑った。
息を整えながら、セリスは床に落ちた剣を拾い上げた。そして私の正面に戻ってきて、ぴたりと立ち止まる。
「アカネ・マサムネ。あなた、気に入ったわ」
「は?」
「私、あなたのことが好きよ」
「……はあああああああああああああ!?!?」
待て待て、どういう意味だ!?
剣士としてか!? ライバルとしてか!? それともまさか――
「これからは、毎日あなたと稽古したい。強くなれる気がするの」
「……そっちの意味かよ。ビビった……」
でもそのとき、セリスがぼそっと言ったのを、私は聞き逃さなかった。
「……剣の熱を通じて、あなたと繋がれる気がするのよね……」
「………………」
またやべぇのが増えた。
そして私はこの瞬間、確信することとなる。
この学園には――
男女関係なく、私に惚れるバカしかいないのか。