第三話:王子様も落ちました
ジルク・アルテミオンという男が、あれ以降ほぼ毎日プロポーズに来るようになった。
断るたびに「その拒絶の瞳、サファイアより美しい……!」と謎のポエムを吐いてくる。
一体どんな育てられ方をしたらあんな性癖が完成するんだ。親を呼べ親を。
「……って、聞いてんのかジルク!! その薔薇の花束は何回目だ!!」
「今回で十四回目だよ! アカネ嬢の武骨な美しさには、これくらい捧げないと釣り合わないと思って☆」
「燃やすぞ」
「ぜひ!!」
毎日こんなやり取りをしているせいで、最近“断罪タイム”が校内イベントみたいになってきてるのが辛い。
しかもそれを見た別の男子が「俺も怒られたい!」とか言い出して、地獄が拡大していく。
――そんなある日。
稽古場にて、剣術科の合同訓練中。
私の木剣が、対戦相手の男子を吹き飛ばした瞬間。
「っしゃあ、一本!」
「…………なるほど、これは……」
低く、よく通る男の声が、場の空気を変えた。
「その踏み込み、無駄がない。視線の誘導も見事だ」
全員が振り向く。その先に立っていたのは――
銀髪の青年。整いすぎてる顔に、品のある立ち姿。
濃紺の制服に、左胸の銀の紋章。
「レ、レオニス殿下……!」
「第一王子、レオニス・フィルグレイ様が視察に……!」
――は?
王子? 王子ってあの“将来国を背負う人”のことか?
なんでそんなのが私の稽古見てんだ!?
「……君が、アカネ・マサムネ嬢か」
まっすぐに、真正面から私を見る。その瞳に嘘はない。
なんかもう、正統派ヒーローみたいなオーラ出してんじゃねぇか。
「お、おう。そうだけど……何か?」
「いや。惚れた。――いや、そういう意味じゃなく」
「今めっちゃ惚れたって言ったよな!?」
「違う。君の剣に、だ」
「………………」
あ、これダメなやつだ。
“剣が恋人”って宣言してる私にとって、それはプロポーズよりタチが悪い。
「君の剣筋を見て、血が騒いだ。あれほどの気迫を、学生のうちから放てる者は少ない」
「……褒められてるのか、それ?」
「もちろんだ。君には、真の剣士の魂がある。だからこそ――今度、私と手合わせしてほしい」
「………………は?」
「この国の剣士たる者、君のような存在を見逃すわけにはいかない」
真剣な目でそう言われても。
なんだこいつ……王子のくせに、戦バカじゃねぇか……
いや、待て。これはチャンスか?
「本気で言ってんなら、後悔すんなよ? 私、手加減ってできねぇからな」
「それでこそだ」
にこり、と穏やかに笑ってみせた王子様。
その姿に、まわりの女子がキャーキャー言ってる。だが――
「うわ、うぜぇ……やりにくそう……」
私は思わずぼやいた。
しかし、レオニスはその声を聞いても一切顔色を変えず、ただこう言った。
「……剣士として、君のような者と出会えたことを誇りに思うよ」
「……ッ!!」
なんだ……この胸のモヤモヤは。
嬉しいような、照れくさいような……って、ちげぇ!! これは戦士として認められたってだけだ!! 恋とかじゃねぇからな!!
――なのに。
「レオニス様があんなに微笑んだの、初めて見た……」
「もしかして……アカネ様、王子様を落としたのでは……?」
ざわつく周囲の声が、耳にうるさい。
私はただ剣を振っただけ。恋の剣は抜いてない!!!!
「言っとくけどな、私はヒロインじゃねぇんだよ!!!!!」
私の絶叫は、空しく青空に吸い込まれていった。