第二話:貴族男子の婚約騒動
入学から三日。
私の学園生活はというと――もう地獄だった。
「アカネ様! 今日も一段とお美しいですね!」
「ラブレター書いてきました! 渾身の六十七ページです!」
「今日は昼休みにデートしてもらえませんか!? 校庭を二周ほど!」
……毎日、こんな調子だ。
ただでさえ騒がしい男子どもに加え、最近はなぜか女子の一部まで「アカネ様……」と目を潤ませてくる始末。
いや、わかる。鏡くらい私だって見る。たしかに少し整った顔してるかもしれない。肩幅は広いし、髪も腰まで伸ばしてる。女らしく見えないこともない。
けどな。
私は恋愛がしたくてここに来たんじゃねぇ!!
剣が振れりゃいい。稽古できりゃ満足だ。
モテたいわけでもなければ、誰かに惚れられたくもない。
「……昼飯、どこで食おうかな」
学食はラブレターと視線の嵐。中庭はファンクラブ連中が常駐。
ならいっそ屋上……と思ったら、「立ち入り禁止」だと? ふざけんな。
仕方なく、私は裏庭の物陰――納屋の陰に腰を下ろし、手早くパンを齧る。
……静かだ。風の音しか聞こえねぇ。
「やっぱ、こういうとこが落ち着くわ……はぁ」
と、そのとき。
「おやおや、こんなところでひとりランチとは、まさにヒロインの孤高の美しさ、ってやつじゃない?」
耳障りな軽薄ボイスが頭上から降ってきた。
振り向くと、そこには――やたら装飾の多い制服を着た、いかにもな貴族風の男子。
金髪に青い宝石の耳飾り。無駄に完璧な笑顔。気障な仕草。
「……誰だ、お前」
「ご挨拶が遅れたね。僕の名はジルク・アルテミオン。この学園の貴族代表といっても過言ではない、麗しき家柄の次男坊さ」
「長い。興味ねぇ。どっか行け」
「そんな冷たいことを言わないでくれよ。僕はね、アカネ・マサムネ嬢……君に一目惚れしたんだ」
「……………………」
パンを咥えたまま、私は天を仰いだ。
まさかこのタイミングで一番関わっちゃいけない系の男が来るとは……
「正直に言おう。君の剣筋、気迫、まっすぐさに心を射抜かれた」
「いや剣で射ぬかれたら普通は死ぬんだが」
「だからこそ僕は決意したんだ。アカネ嬢――僕と婚約してくれないか!?」
「………………あ?」
パンを咀嚼するのも忘れた。
いや、今なんつった? こいつ、今――
「結婚前提でお付き合いを!! アカネ嬢!! 君のような野生の美を持つ女こそ、アルテミオン家の嫁にふさわしいッ!」
その瞬間、私は立ち上がった。
そして、無言でジルクの肩をつかみ――
「ぬおっ!? な、なにかな!?」
「いいか、ジルクとか言ったな。よーく聞け」
顔をぐっと近づけ、鼻先がぶつかりそうな距離で言い放つ。
「私は恋愛に興味ねぇ。婚約? 結婚? 知るかボケ。そんなヒマあったら素振り百本するわ!」
「……………おお……」
「は?」
「いい! すごくいい!! この冷たさ! この罵倒! これぞ理想のツンデレヒロイン!!」
「殴っていいか」
「ぜひッ!!」
「……………………」
本気で拳を振り上げそうになったが、ぐっと堪える。
ここでぶん殴ったら、私の剣士人生が“ヒロインパンチ伝説”に変わってしまう。
「帰れ。今すぐ。地球の裏側まで」
「でも婚約の話、またしに来るね☆」
そう言ってキラッとウィンクして去っていくジルク。
その背中を見送りながら、私は確信した。
この学園にはバカしかいない。
……まだ、三日目なんだぞ。