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骸ノ夢

作者: 骸ノ詩

こんばんは、骸ノ詩です。

初めての投稿です。

精一杯、僕の気持ちを文章に詰め込みました。「骸ノ夢」というお話を、タイトルを、ぜひ受けとってください。

よろしくお願いします。

 暗闇の中で僕は1人、じっとしている。呼吸をしているかすらわからない。どれくらいの時間が経ったのか、僕は体を起こす。僕は寝られない時間ほど苦しいものを知らない。こういう夜は体を起こして諦める方が楽だ。目を瞑っていても、頭の中がぐるぐるして気分が悪くなる。ベッドの上にあぐらをかき、そのまま目線をゆっくり上へ移す。時計が2時8分を指しているのだから、きっと今は2時8分なんだろうなあ。ああ、ふわふわしてて頭が痛い。

 自分の身体に目をやる。少し長めの袖のトレーナーに、スウェットパンツというやる気のないスタイル。上下ともに灰色だ。まあ今は夜だからみんなそんなものかもしれないが…でも僕はもう何日間このまま過ごしてきただろう。時間の過ぎていく感覚がして、なんだろう、なにもない。


 寒い夜だ。外に雪がちらついている。


 足の裏が冷たい床につく感覚を味わって、一気に足に体重を乗せる。今は立つことに慣れない足が軽く震え、浮いているような感覚になる。こういう感覚が好きだ。

 それから散らかった部屋をゆっくり一周する。足が何かに当たって、「これはなんだろう、ああ、多分夏にお世話になったあの小さな青い扇風機か」と考える。そして、青い扇風機との浅い浅い思い出を振り返っていく。こういう意味のない時間が好きだ。

 近くに転がるペットボトルを拾い上げ、蓋を回す。本当に小さく、しゅっ、と音が鳴る。刺激の弱い炭酸水を喉で感じる。こういう包み込むような柔さが好きだ。

 自分の手のひらを眺めて握りしめる。たくさん失ったこの手を握りしめると、だけども僕は何か得られたんじゃないか、と思える。こういう思い込みが好きだ。

 窓のそばに立つ。レバーをあげてグッと押し出し、一気に入ってくる寒気に身を震わせる。無数のぐっしょりした雪が僕の冷たい手の甲に落ちる。それを払って、濡れた手を部屋の中に戻す。

 耳がじんじん鳴る。「何も聞こえない」と言うべきか。炭酸水の味がする。微かな酸っぱさ、なのだろうか。手は澄んだ寒々とした空気の中にいる。この手は何にも触れていないのだろうか。雨の匂いが少しだけする。雨の匂いってなんだろう。

 2階の部屋から見下ろした廃れた街は、恐怖を感じるほどに真っ暗だった。その黒に混ざりたいと思う。その黒に溶けてしまいたいと思う。闇に向かって、小枝みたいなこの腕を伸ばそうとも、その黒には混ざれない。溶けてしまうことはできない。腕は確かにここにあるのだ。形が見えてしまうのだ。この腕と暗闇には間違いなく境界線がある。

 目を伏せ、適当な場所に座り込んで意識して鼻から息を吸う。肺を満たす空気が、激しく痛む僕の頭の熱を奪ってゆく。小さく、浅く、周りの空気をかき集める。何度も、何度も繰り返す。何日も、何日も繰り返す。



痛い



 震える息。冷たくなっていく手。目は伏せたまま、頭痛を抑えるために、歯を食い縛る。泣きたいのに、そう思えば思うほど泣けない。何が辛いのかもわからない。いつも大好きなsnsも、本も、ゲームもしたくない。全部嫌いだ。そんな時は勉強ならできたりするのだが、今日はそれさえできないらしい。自分がどうにかなっていくのを今は見るしかない。僕には何もできない。ただ僕はここで苦しんでいる。わからない、なにもわからない。もうなんでもいい。ああ、気が狂いそうだ。怖い、とんでもなく、怖い怖い怖い。嫌いだ。こんな時間がとても嫌いだ。

 全部消えてしまえ。強く、強く、目を瞑った。


 目が覚めるとそこは森の奥深くだ。見渡す限りに花が咲いている。この世界には僕しか人間がいない。当然、家族もいなければ友達だっていない。好きな人もいない。自然の中に僕は目を薄く開けて座っている。僕はゆっくり呼吸する。草の匂いがするが、そんなに単純でもない。湖に濡らされた土の匂い。いろんな花の入り混じった匂い。もっと深くには木の匂い。獣の匂い。魚の匂い。

 少しずつ覚め始めた目を擦る。暖かな風が吹いて、色とりどりの花びらが鮮やかに舞う。花々がにこにこと柔らかく微笑んでいる。淡い白色のアネモネ、柔らかな群青色のネモフィラ、鮮やかな黄色のチューリップ、血のような紅色の彼岸花。彼岸花?…随分と季節外れだ。他の花は春の花だが、彼岸花だけ違う。まあいいや。細かいことは気にしないのがこの世界でのルールだ。遠くの湖の水面が太陽を反射して光る。

 横になった僕の体は、暖かな陽の光に包まれる。花びらが僕を祝福するように舞い踊り、僕はその真ん中で、まるで愛しいものを見ているかのように笑う。ずいぶんと気の抜けた笑い方だ。追われなくなり、追うこともなくなり、きっと心がすっきり晴れているのだ。そして僕はゆっくりと眠りにつく。この世界に堕ちていく。そしてもう二度と目を覚ますことはない。ゆっくり、ゆっくり、永遠に夢の世界で幸せそうな笑みを浮かべて、深くへと溶けていく。花畑の真ん中で眠る僕の姿。そしてだんだん、霞がかかって見えなくなって……。


 僕は今、その幸せそうな「僕」を俯瞰しているだけの身だった。


 僕は目を開く。身体はかなり緊張している。暗闇の中に、僕は独りで座り込んでいる。風の音がする。とてもうるさい。外は真っ白でもう何も見えない。とんでもない吹雪だ。雪は部屋の中をも舞っていて、部屋も、体も、凍ってしまうのではないかというほどに熱を奪われていく。

 ああ僕は、きっといつまでもこの世界にいる。あの世界には行けずに、ずっとこの世界でこうやって生きていく。あの僕は僕じゃない。誰か知らない人だ。呼吸が苦しい。あの人には得られた幸福が、自分には得られなかった。僕が自分のものだと錯覚した幸せは、僕には届かないものだった。苦しい、さっきよりももっと苦しい。喉元を引っ掻いて、引っ掻いて、痛い。でも手は勝手に動く。叫びたくても声は出ない。泣きたくても涙は出ない。僕にはもう何もない。きっとこれが、「虚無感」と表すべき感覚だ。


 雪の降る暗闇で、荒い呼吸音だけ。


 ぐわん、と大きな衝撃と共に、僕はまた別の世界に移動していた。身体自体に衝撃はなかったはずなのに、鈍器で殴られたような感覚を味わう。見渡す限りは真っ暗で何もない…と言ったら嘘になる。この世界は水で満ち溢れている。僕の頬を、耳を、鼻を、手を、足を、尻を、全て水が包んでいる。しかし不思議と呼吸は苦しくない。僕は漂う。沈んではいないが、浮いてもいない。第一、この世界に水面は存在しない。空気の如く、水が世界を満たしているからだ。水面に浮かぶということはできない。この世界で僕は、泣くことができる。鼻の先がつんとして、目頭を熱くする。冷たい水との温度差が、泣いているということを実感させる。涙はすぐに水と混じって消えていく。もし仮にこの僕を見ている人間がいようとも、泣いていることは僕にしかわからない。だから僕はここでだけ泣く。泣いたことがなくなって、消えてしまうのを望んで、ここでだけ涙を流す 。水は期待通りに、僕の涙と目頭の熱を全てさらっていく。

 汚らしく伸びた髪が、水の中で踊る。僕の目にも映る位置まで躍り出てくる。重力から解き放たれたその髪は、とても自由に見える。骸骨みたいな手を伸ばす。そこには水以外の何も無い。その行動には大した意図がない。だけど僕はそうせずには居られない。膝を抱えて右腕を上へ精一杯のばし、そして僕はじっと泣く。その時間が、永遠に続いてゆく。



 ふと気がつけば部屋には僅かな光が差し、扇風機の存在が憶測ではなくなってくる。確かに扇風機はここに存在している。もうすぐ動かなければならない時間が来る。扇風機を撫でてベッドへ進む。僕には時間は止められない。逆らえない時の流れに身を委ねるのは、苦しいけれども嫌いじゃない。

 もう陽が昇る。僕は重い体を引きずって立ち上がる。赤く染まる山の向こうを見つめる。暖かな光に包まれる。こういう穏やかで忙しない夜明けが好きだ。そして寝られない夜が終わる感覚も好きだ。

 そして束の間の眠りにつこうとする。明るくなった天井を見つめ、8時まで穏やかに眠る。こういう優しい眠りが好きだ。

 目が覚める。明るい部屋に僕は1人、僕はすぐに勢いよく立ち上がる。体は変わらず重いけど、時間は待ってくれない。だから着替える。ご飯を作って食べる。食器を洗って、洗濯機を回す。歯磨きをする。ゆっくりでいい。落ち着いてこなす。すっかり明るい青空の下、重い体を動かす。とにかく必死に、夜の間に置いて行かれた分、世界に追いつく。こういう朝も嫌いじゃない。


 空気の中に消えてしまいたくなる。無駄な時間に浸って、忘れたくなる。自分の弱さを包む柔らかさに、沈んでしまいたくなる。失ったものが戻るような夢を信じたくなる。暗闇に逃げたくなる。全てをなかったことにしたくなる。幸せに浸りたくなる夜も、泣きたくて泣けない夜もある。

 それでも進む世界に合わせて踏み出す。過ぎる時間の中、今を過ごす。また歩こうと、心が涙を流していようとも、僕は前を向く。長い長い時間をかけて、少しずつ、少しずつ進む。数年で一歩でもいい。重い体を引きずって、この世界の中に生きようとする。それはとても苦しい。辛い。痛い。人間の悲しみは、苦しみは、孤独は、そう簡単に拭えるものじゃない。

 それでもやっぱり、この世界で生きたいと踠く。朝が来ても合わせられずに何日も置き去りになる。孤独を感じて、時間が進むのを見て焦っているのに、身体は動かない。そういう時は、どれだけ不安と焦燥に駆られたとしても、もう一度訪れる朝を待って合わせてみる。無理に進んでも追いつけず、さらに差ができてしまうだけだから。不安でたまらない時も、苦しくて消えてしまいたい時も、一度立ち止まってみる。自分を見つめてみる。泣いてみる。吐き出してみる。どんな僕だってそれは僕だ。僕の世界で、僕が世界のために犠牲になることはない。確かに、他人を優先すべきことがあるかもしれないし、僕の世界の住人は僕だけじゃない。それでも、僕の世界では僕が主人公だ。僕を守り、好きでいられるのは僕自身なんだ。

 どれほど長く時間がかかろうと、どれほど孤独になろうと、僕はこの世界で生きることを諦めない。僕は僕として、この世界を生き抜く。消えてなんかやらない。死んでなんかやらない。こういう自分を、僕はきっといつか心から好きになれる。そういう気がしている。

 ちりん、と、軽快な鈴の音。僕は真っ白な世界に向けて、小さく一歩歩き出した。

読んでいただきありがとうございます。

少しだけでも、皆さんの心に灯りを灯せたならば、また皆さんの心に何かしらの衝撃を与えられれば、幸いです。

これからも少しずつ投稿していくので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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