25.真相の糸口 ④
「確か食料で問題を抱えていると聞いていますが、民衆の反乱を煽動しようとしているのかもしれませんね」
エリゼが冷静な声で続ける。
その指摘は意外にも鋭く、リリアーナの胸にわずかな緊張感を走らせた。
「……ありえますわね」
リリアーナは静かに頷き、ロザリーに目を向ける。
「ロザリー様、ギデオン卿はこの事件にどのように関わっているかご存じですか?」
リリアーナは少し間を置いて問いかけた。
「ギデオン卿から直接何か指示を受けたわけではありませんが……ドレスに細工をしてくださった人物が、もしかすると、その関係者かもしれませんね」
ロザリーはあくまで涼やかに答えた。
リリアーナは静かに紅茶を一口飲み、テーブルに視線を落としながら、ほんの一瞬思考を巡らせた。
(ここまでバラバラだったはずの思惑が、こんなにも見事に繋がるなんて……まるで誰かに操られているかのようですわ)
胸の中にざわりとした不快感が広がる。
ちらりと横目でユーリを見やる。
(ユーリ様はどのようにお考えなのでしょう……)
リリアーナが次の質問を口にしようとしたその瞬間――。
突如、どこからか甲高い旋律が流れ出した。
それは鮮烈で、力強いリズムを持ちながらも、どこか軽やかさを感じさせる音楽だった。
「っ!?」
リリアーナは驚きのあまり、手にしていたティーカップを小さく揺らしてしまった。
サロン内に響き渡る音楽の正体がつかめず、辺りを見回す。
「これは……何の音ですか?」
エリゼも紅茶を持った手を止め、目を見開く。
普段冷静な彼女も、初めて耳にする音楽に戸惑いを隠せない様子だ。
「歓喜の調べですわ!」
ロザリーが歓喜に満ちた声で言い放つ。
胸に手を当て、感動を噛み締めているのか、うっとりとした表情を浮かべている。
(歓喜の調べ……? 確かに軽快な音楽ですが、どこか高揚感が過ぎて、むしろ不安になるような……)
リリアーナは内心で首をかしげながら、音の出どころを探した。
音楽はどんどん主張を強め、リズムの高まりに合わせて奇妙な緊張感が部屋を包み込む。
「あっ、旦那様の『なるなる板』ですね。たしか……テルテル行進曲!」
リリィは音楽の存在を特に気にする様子もなく、落ち着いた声で呟いた。
紅茶のカップを丁寧にソーサーに戻す仕草には全く動揺がない。
「なるなる板のテルテル行進曲……? ああ、ウィリアム・テルね」
ユーリが苦笑しながら内ポケットに手を入れた。
「すみません、皆さん。驚かせてしまいましたね」
そう言って取り出したのは、手のひらほどの板状の物体だった。
それはどこか不気味に発光しながら、勢いよく音楽を放っている。
「ユーリ様、それは一体……?」
リリアーナは思わず声を上げた。
「魔導携帯電話っていうんですけど……着信音っていって、要するに僕への呼び出しみたいなものです」
ユーリは軽く説明してみせたが、リリアーナには全く理解が追いつかない。
(呼び出し? 携帯電話? それにしても、こんな魔導具、これまでに聞いたことも見たこともありませんわ!)
奇妙な発光をするその板状の物体が、どこか生きているようにすら見える。
ユーリは気にする様子もなく、その物体を耳に当てると、ごく自然な声で話し始めた。
「……はい、もしもし、ユーリです」
その瞬間、サロンの空気が静まり返る。
(……『もしもし』とは一体何の呪文なのかしら?)
リリアーナは困惑しながらも、目の前の光景に釘付けになっていた。
ユーリは耳に当てた奇妙な板状の物体に向かって、あろうことか自然な声で会話を始めた。
彼の言葉に応じるように響く声――それがどこから発せられているのか、誰も理解できない。
リリアーナだけでなく、エリゼやロザリーも息を飲み、呆然と彼の動きを見守っている。
まるで遠く離れた誰かと会話している――そうとしか思えない光景だった。
『ユーリ様、至急、一刻も早く、早急に戻って来ていただけますか?』
板状の物体から、女性の声がはっきりと聞こえてきた。
「えっ、今すぐ?」
『はい、そうです。今すぐです』
「あっ、うん、分かった」
『それでは奥御殿のサロンでお待ちしておりますので』
「りょ、了解」
ユーリが少し戸惑ったように返事をすると、エリゼが震える声で尋ねた。
「……えっ、今の声、どこから聞こえてきたのですか?」
エリゼの顔は真っ青になり、紅茶を持つ手が小さく震えている。
「今の声……リーゼロッテ様でしたね。なんか凄く怒っていたような……」
リリアーナは、レーベルク男爵領にいるはずのリーゼロッテの声を即座に聞き分けたが、現実離れした状況に頭が追いつかない。
だが、ロザリーは一人だけ勝ち誇ったように笑みを浮かべて断言する。
「愛の力に決まっていますわ!」
あまりに堂々とした口調に、誰もが一瞬黙り込む。
(絶対違いますよね……)
リリアーナはロザリーの無邪気な言葉に返事をする気力もなく、ただ目の前の異様な光景に頭を抱えたくなる衝動を必死に堪えていた。
(遠く離れた場所の声を伝える魔導具? そんなもの、私の知る限り存在しません。それとも、本当に愛の力……? あ、ありえません。リリアーナ、しっかりしなさい!)
内心で自分を叱咤しつつ、リリアーナは辛うじて平静を保ちながら、ユーリの次の言葉を待つ。
「えっと……ちょっと事情が変わりました」
ユーリが魔導具から耳を離し、申し訳なさそうに言った。
「どういうことですか?」
リリアーナが問いかけると、彼は困ったように頬を掻く。
「ロッテが急いで戻ってくるようにと……」
ユーリの言葉に、リリアーナの胸がざわつく。
(もしかして、リーゼロッテ様に危機が?)
「何が起きているのかは、まだ分からないのですね?」
できるだけ冷静を装い、静かに問いかけるリリアーナ。
ユーリは申し訳なさそうに頷いた。
「はい。そうですね……こんなことは初めてなので……」
落ち着かない様子でソワソワする彼を見て、リリアーナの決意はさらに固まる。
(リーゼロッテ王女殿下が怒りを露わにされるほどの事態……一刻も猶予はありません)
リリアーナは深く息を吸い込むと、静かに告げた。
「私も同行させてください。セリーヌ様やリーゼロッテ様に何か起きているならば、直接お力添えするべきですわ」
毅然とした声でそう告げると、ユーリが驚いたように目を見開いた。
「えっ、でも、辺境女伯としてのお仕事が……」
「緊急事態ならばこそ、私も状況を把握しておく必要があります」
冷静で理知的な口調を保ちながら、リリアーナは言葉を続けた。
確かに、辺境女伯としての務めは重い。
しかし、セリーヌやリーゼロッテに危機が迫っているのならば、見過ごすわけにはいかない。
リリアーナの毅然とした態度に、ユーリは反論を飲み込み、静かに頷いた。
「ご主人様が行かれるなら、私もご一緒しますわ!」
ロザリーがすぐさま手を挙げる。
「リーゼロッテ様の状況が気になりますが、私は、商会の方に戻ろうと思います」
エリゼは落ち着いた口調でそう告げると、一瞬視線を伏せ、考え込むような仕草を見せた。
「えっと、エリゼ様……少しお待ちいただけますか?」
リリィがそっと手を上げて、控えめな声で呼び止めた。
「実は……オフィーリア様から、『市場の様子を確認してきてほしい』とご指示をいただいております。それで……レーベルク男爵領に一緒に来ていただきたのですが……」
「市場の確認……オフィーリア様のご指示、ですのね」
エリゼは一瞬目を閉じ、深呼吸するように静かに息を整えた。
そして再び顔を上げる。
「仕方ありませんわね。オフィーリア様の命令とあらば、お供いたします」
彼女は軽く頷き、どこか責任感の強い表情でリリィに応じた。
「ほっ……ありがとうございます、エリゼ様」
リリィは少しほっとした様子で柔らかく微笑み、深々と頭を下げた。
その控えめな礼儀に、エリゼも思わず口元を緩ませる。
「それでは早馬を用意しましょう」
リリアーナはすぐさま行動に移ろうとした。
が、ユーリはそれを手で制した。
「あ、馬は大丈夫です」
「えっ? 急ぎなのではないのですか?」
リリアーナの声には微かな困惑が混じり、その視線がユーリに注がれる。
「ちょっと、立ち上がってこちらに集まっていただけますか?」
ユーリが促すと、リリアーナ、リリィ、ロザリー、エリゼが顔を見合わせながら席を立つ。
それぞれが彼を囲む形で動いた。
(この状況で何をしようというのかしら……)
リリアーナの胸の内に疑問が渦巻く。
ロザリーは好奇心を隠さない笑顔を浮かべ、リリィはニコニコした様子で彼の方を見つめている。
エリゼは眉をひそめつつも、何かを見極めるような鋭い眼差しを向けていた。
「それでは行きますね」
ユーリはゆっくりと周囲を見渡しながら言った。
その声には不思議と安心感を与える響きがある。
「驚くかもしれませんが、大丈夫ですので、安心してください」
その言葉に、一瞬の沈黙が場を包む。
「ユーリ様?」
リリアーナがユーリに声をかけた、その瞬間――。
彼が何かを呟くのが聞こえたかと思うと、視界が突然歪んだ。
足元がふわりと浮き上がる感覚に襲われ、リリアーナは反射的に目を見開く。
(えっ、これは……何が起きているの!?)
思考が追いつかない。
目の前の景色が揺れ、引き裂かれるように変化していく。
まるで世界そのものが壊れていくかのような錯覚に、リリアーナの心拍が一気に跳ね上がった。
身体が宙に投げ出されたような感覚に陥り、彼女は思わず息を呑む。
恐怖と不安が胸を押しつぶしそうになる中、リリアーナは必死に冷静さを保とうとした。
しかし、その努力も虚しく、視界は一瞬で真っ白に染まった。
音も、色も、空間の感覚さえもすべてが消え去り、リリアーナはただ、広がる無音と白い闇に飲み込まれる。
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