9.領地再生計画 ⑤
数秒の沈黙の後、ユーリの頭に電球が灯ったかのように閃きが走った。
「それだ、それだよ、それ!」
興奮した様子で二人に向かって叫ぶユーリ。
「それとは何のことですか?」
リーゼロッテが不思議そうに首を傾げる。
「貴方様、それだけでは分かりませんわよ」
オフィーリアも目を細め、少し呆れたように苦言を呈した。
「他の方法で税を回収するって話と、集めて出し合うってやつ」
ユーリが説明すると、オフィーリアがすかさず問い返す。
「それのどこが解決策になりますの?」
「まず、十分の三税を廃止して、代わりに領主が農作物を一括購入。その農作物を使った加工品や飲食店を展開し、その収益を領主の収入にする。次に、農作業に必要な物資は領主が購入して貸し出す。そして最後に、農業技術の指導と教育だね」
ユーリは指を折りながら、前世の農協をイメージしながら答える。
「なるほど……それなら農民たちの負担も軽くなりそうですわね」
オフィーリアが興味深そうに聞き入り、リーゼロッテも真剣な顔で頷く。
「それから、商人ギフトの異空間倉庫を使えば、食材は腐らないし、瞬間配送で工房に届けられるし。パリのパサージュみたいに、工房で作った加工品とか飲食店とか、石鹸とかガラス細工とかも見て回れるようにしたら、レーベルク男爵領の名所になるんじゃない?」
親子連れや恋人同士が笑顔でお店を見て回る未来の光景を思い描きながら、ユーリの声はますます熱を帯びていった。
だが、目の前のオフィーリアとリーゼロッテは、少し困ったような表情を浮かべている。
「貴方様……その、パのパ……とかいうのは一体何なのですの? それに、そんなに能力をひけらかしてしまって本当に大丈夫なのですの?」
オフィーリアは机に肘をつき、少し呆れたように目を細めてユーリを見つめた。
「ま、まぁ、能力のことはどうにかするとして……」
何も対策を考えていなかったユーリは、しどろもどろになりながら答えた。
「はぁ……。農作物を集約するのは分かりましたが、工房の商品を一か所で販売するなど、ギルドが許すはずがありません」
リーゼロッテも「面白いアイデアですが……」と苦笑しつつ、悩ましげに表情を曇らせた。
「えっ、なんで駄目なの? どこにもないからこそ、レーベルク男爵領の観光名所になると思ったんだけど……」
ユーリは疑問でいっぱいになり、「できたら絶対面白いのに」と内心で嘆かずにはいられなかった。
この世界にも『市場』と呼ばれるものは存在しているが、基本的には城外から持ち込まれた品や交易品の販売のみが許可されている。
特に城内に工房を持つ商品については、厳しい持ち込み規制がかけられていた。
「どの商品も魅力的ですし、人は集まるでしょう。ですが……」
リーゼロッテは少し肩を落とし、残念そうに言った。
「貴方様……王国内でどこもやっていないのは、当たり前じゃありませんか」
オフィーリアがそう呆れたように告げると、ユーリは首を傾げた。
「え? なんで?」
ユーリの問いに、オフィーリアはため息をつきながら説明を始めた。
「それは、ギルドの存在があるからですわ。例えば、獣脂石鹸ギルドや蝋燭ギルド、桶ギルドに細工ギルド……領内には様々なギルドがございますが、どの工房もギルドの取り決めで自分の店頭でしか販売できませんの」
「どうしてわざわざ自分たちで制限かけるの?」
ユーリがさらに問いかけると、オフィーリアは肩をすくめ、冷たい微笑みを浮かべた。
「その方が、ギルドの収益が増えるからに決まっていますわ。合理的とは言い難くても、彼らにとっては利点が多いのですの」
そう言うと、彼女はため息をつき、興味深げにユーリの顔をじっと見つめた。
「常識を知らないのか、常識に囚われないのか……貴方様って、凄いのか凄くないのか、良く分かりませんわね」
その言葉に、ユーリは少し照れたように頬を人差し指で掻いた。
そこへ、リーゼロッテが静かに説明を加える。
「領内では生産者の方が多く、ギルドが親方たちと協力して市場に出回る商品をあえて制限しているのです」
「販売行為を他者に委託するというのは、ギルドの利権を脅かす行為でしかなく、親方たちとしても無意味に競争が増えるだけで、メリットがないのですわ」
オフィーリアも続けて説明した。
ユーリは驚いた表情を浮かべ、少し考え込んでから顔を上げた。
「それって、不当に価格を釣り上げてるってこと?」
「必ずしもそうとは限りませんわ。ギルド側が領主と協議した上で上限価格を設定していますので、収入の少ない領民でも手が届くようになっているのですわ」
オフィーリアは「領主に脅しをかけて釣り上げてはいますけど……」とため息をつきながら答えた。
「えっ、上限価格があるの? それだと、良い品質の商品が売れなくならない?」
ユーリは愕然とした表情で問いかけた。
(まじで? もしかして商人ギフトで仕入れても、他の領地で売るなら赤字になる可能性もあるってこと?)
内心でそう考えながら、「ちょっと勘弁してよ……」と頭を抱えた。
「ギルドによって、商品には一定の品質が定められていますから、それ以上のものを作る必要がないのです」
リーゼロッテは、ユーリが何に驚いているのか分からず、少し戸惑いながら答えた。
「逆に良いものを作り過ぎると、他の職人の仕事の質が悪いとみなされる懸念がありますわ。最悪、ギルドルールを逸脱する行為として罰則が科せられますわよ」
オフィーリアが「ホント古臭い考え方ですわ」とため息をつきながら付け加えた。
「そ、そんな馬鹿な……。じゃあ、誰がチョココロネやアンパン、それにカレーパンとかを作るんだよ! いろいろな美味しいもの食べたいじゃん!」
ユーリは顔面蒼白で目を大きく見開き、震える手を頬にあてたまま、口を大きく開けていた。
その表情は、魂が抜けかけたかのように恐怖と混乱が入り混じり、今にも「そんな馬鹿な!」と叫び出しそうで――いや、すでに叫んでいた。
その傍らで、リーゼロッテとオフィーリアが、王都からの道中で食べたパンを思い出したのか、ふわりと顔をほころばせている。
「……あれは美味しかったですわよね」
「えぇ、本当に美味しかったわ……」
蕩けた表情で二人は語り合う。
「……覚えていますか? あのチョココロネ。ふわっとした生地の中に、濃厚なチョコレートがとろりと広がって……こんなものがこの世にあるのかと、本当に驚きました」
リーゼロッテが微笑みながら語ると、オフィーリアもそっと目を閉じ、甘い記憶を思い出していた。
「ええ、そしてあのアンパンも……。しっとりとしたパンの中から、ねっとりとした食感に上品な甘さが広がって、甘くなさそうな色をしているのに、まるで夢のお菓子のようでしたわ」
オフィーリアはふっと息をつき、ほんのりと頬を染めた。
餡子を苦手とする人も多い中、オフィーリアはすっかり気に入ったようで、まるで宝物の話をするかのようにその魅力を語っていた。
「それに、あのカレーパン。外はカリッとしているのに、中の黄色いとろりとした濃厚なソース。肉や野菜、香辛料がじっくり煮込まれているのか、深みのある味わいと絶妙な香りでしたわ。もう一度、あの味を楽しみたいものです」
リーゼロッテが懐かしそうに語ると、オフィーリアも同意するようにゆっくりと頷く。
カレーは初めてだったはずなのに、二人とも驚くほどペロリと平らげてしまったのだ。
その様子を、クロエやリリィ、マーガレットが羨ましそうに見つめていた。
目を輝かせながらも、お互いに視線を送り合い、「どんな味なんだろう……」と無言の会話が聞こえてきそうだった。
「本当に……どれも信じられないほど美味しかったわ。どれを選べばいいのか迷ってしまいましたもの」
二人が美味しかったパンの記憶に浸る幸せそうな表情を見て、リリィは「いいなぁ……」と小さくため息をつく。
やがて、オフィーリアが意を決したように口を開いた。
「もし……もしも、ですわよ。買い物が一か所で済む市場ができて、工房とお店が分けられるようになったなら……甘くて美味しいお菓子に囲まれる、そんな夢の国が本当に叶うのですの?」
オフィーリアの瞳はアメジストのように輝き、期待に満ちた光を湛えていた。
ここを逃しては後がないと感じたユーリは、立ち上がり両手を大袈裟に広げ、熱を込めて語りかける。
「あぁ、もちろん。チョコレートケーキを作る工房、イチゴのケーキを作る工房、クッキーを作る工房、バームクーヘンを作る工房……職人たちの努力の結晶が一堂に会する、夢のお菓子王国さ。そしてその場で、上質な紅茶や珈琲を楽しみながら、訪れた女の子たちは甘いひとときを堪能して、恋バナに花を咲かせるんだ」
彼の話に聞き入りながら、オフィーリアは両手を胸の前で組み、まるでその光景を思い描いているかのように、至福の表情を浮かべていた。
「貴方様、ぜひやりましょう。それは絶対にやるべきですわ! ギルドや工房が何と言おうと、そんなことは関係ありませんもの!」
そう言いながら、オフィーリアも立ち上がり、ユーリの手を取って力強く頷いた。
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