68.黒布の影 ②
その指摘に、男の肩がびくりと跳ねる。
「な、なんだと……! そ、そんなはずはねぇ! じゃ、じゃあ、どうして俺のところにだけ仕事が来ねぇんだよ!」
「まず確認しておきますが――」
リーゼロッテの声が冷ややかに落ちる。
「私たちは“大工ギルド宛て”に発注しておりますの。工房への振り分けは職員の裁量。……不正がなければ、順に行き渡るはずですわ」
柔らかな調べのように、リリアーナが問いを添えた。
「……単に、回す分が足りなかった、ということでは?」
「いいえ」
リーゼロッテは小さく首を振り、視線を縛られた男へと据える。
「全体の仕事は潤沢でした。つい先日も『人も資材も不足、追加料金を』と要求があったばかりですわ。――それなのに、あなたの工房にだけ仕事が回らない。不自然だと思いませんこと?」
男の喉がひゅっと鳴り、口を開きかけては声にならない。
「……つまり、切り捨てられたってことか?」
工房の親方が低く唸り、腕を組んだ。
「ば、馬鹿な……そんなはずは……」
縛られた男は顔を青ざめさせ、なおも現実を拒むように首を振る。
リリアーナが静かに問いを重ねた。
「……つまり、もっと“融通”を利かせた親方に仕事が流れている、ということですか?」
リーゼロッテは不思議そうな顔をつくり、だが鋭い眼差しを逸らさぬまま言い放つ。
「けれど――だからといって妹を攫う理由にはなりませんわ。筋を外した職人は、それで終い。そうでしょう?」
「ま、待ってくれ……! 俺は、ただ言われた通りにしただけなんだ!」
「言われた通り?」
親方の眉が険しさを増す。
「し、仕方なかったんだよ!」
「“仕方ない”で罪が消えるとお思い?」
リーゼロッテの声に男は縄をきしませ、呻くように言葉を続ける。
「……わかってる、こんな真似、狂ってるってな……」
リリアーナが身を傾け、男に目を合わせる。声はあくまで優しい。
「誰に、何を命じられたのです?」
観念したように、男は項垂れ、ぽつりぽつりと吐き出した。
「……ギルドのために、“従わねぇ親方”に嫌がらせをしろって……」
男の呻き声は震え、後ろに縛られた拳がぎしりと握り締められる。
「今日も……その準備をしてて……見られちまって……どうしていいかわからず、連れ帰っちまった……」
歯を食いしばるが、吐き出す言葉は泣き言めいている。
「そこへ黒布の連中が現れて……『お前の仕事が済むまで妹は預かっておいてやる』って……だから、渡すしかなかったんだ!」
男の吐露に、室内はしんと静まり返った。
セリーヌは唇にほのかな笑みを浮かべた。
「……であれば、まだ妹御は無事である可能性が高いですわ」
「な、なぜ……そう言い切れるのですか!」
親方の必死の声。
セリーヌは瞳をそらさず受け止める。
答えを継いだのはリーゼロッテだった。
「もし殺めてしまえば――討伐軍を招くだけ。彼らにとって得はなく、逃げ道も断たれますわ」
冷徹な理屈を突きつけられ、親方の肩がわずかに落ちる。
ほんの一瞬、胸の奥に安堵が灯った。
「……じゃあ、本当に……まだ……」
震える声で呟き、縋るように視線を上げる。
リリアーナが静かに息をつき、やわらかに重ねた。
「……合理的に考えれば、その通りですわね」
セリーヌは細めた瞳で縛られた男を見つめると、囁くように呟いた。
「残党がまだ潜んでいるのか……それとも――“盗賊”を演じている誰かなのかしら」
リーゼロッテは辟易したように顔を歪め長いため息をついた。
「はぁ……いかにも、あの醜い豚が仕掛けそうな嫌がらせですね」
一瞬だけ視線を伏せ、彼女の睫毛がわずかに震える。
けれども、すぐに顔を上げ、縛られた男へ冷ややかに告げた。
「それで、その男たちはどうしたのですか?」
「……黒布の拠点までは分からねぇ。だが――北門の衛兵が奴らの仲介をしてやがる」
男の言葉に、リーゼロッテの瞳が細くなる。
「門の内通者……。お母様、近衛で一時封鎖を。通行の帳簿も洗い直します」
セリーヌが小さく頷きかけた、その刹那――
戸口から駆け足。
つづけて、リリィが風を連れて転がり込んできた。
背には痩せた影――汚れた顔の少女がしがみついている。
「セリーヌ様! 妹さん、見つけました! 村の入り口で倒れてて……!」
【あとがき】
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