68.黒布の影 ①
──そのころ。
レーベルク領内では、セリーヌたちが立てた策に従って、それぞれの班が動き始めていた。
クロエ、アメリア、リリィの三人は外壁門の衛兵詰所を訪れ、「今夜荷車を引いて外へ出た者はいるか」と聞き込みを進めていた。
返ってきた答えは「一台も通っていない」。
その後も領主城と外壁門を繋ぐ幹線道や、村を結ぶ村道の辻で足を止め、住民に尋ね歩いたが、怪しい荷車を見た者はいなかった。
夜の帳が降りる中、三人は互いに視線を交わす。
――ならば、犯人はまだ領内に潜んでいるはず。
時間を惜しむ三人は短く頷き、それぞれ別々の村へと足を向けた。
一方、 セリーヌ、リーゼロッテ、リリアーナの三人は、大工の親方の屋敷に身を寄せていた。
客間の窓辺に漂う闇は重く、張りつめた沈黙が場を支配する。
ランプの炎が頼りなく揺れ、壁に伸びる影ばかりがせわしなく動いている。
――その緊張を破ったのは、土間から飛び込んできた元気な声。
「セリーヌ様、怪しいやつがいたので捕まえてきました~!」
松明を片手に、縄の端をもう片方に。
屈強な男をぐるぐる巻きにしたまま、ずるずると引きずってきたのはフィオナ。
あまりに突飛な光景に、客間にいた全員の視線が彼女と男へ吸い寄せられる。
一瞬だけ場が静まり返る中、セリーヌはそっと目を伏せ、小さく息を吐いた。
(……ほんとうに、この娘は)
「フィオナさん……さすがに、それは少しお気の毒ではありませんこと?」
「えへへっ、でも逃がしませんでしたから!」
フィオナは胸を張り、縄の端をぶんぶんと振って見せた。
リリアーナは「まぁ……」と小声を漏らし、縛られた男へ気の毒そうな眼差しを向ける。
対照的に、リーゼロッテは額に手を当て、「はぁ……フィオナったら」と深いため息をついた。
場がざわめきかけたそのとき、背後から鋭い声が突き刺さる。
「……お前は、隣村の大工工房の親方じゃないか!」
工房の親方が血相を変えて立ち上がり、縄に縛られた男に詰め寄った。
「まさか……お前が、妹をさらったのか!?」
一瞬で客間の空気が凍りつく。
セリーヌはゆっくりと姿勢を正し、瞳の奥で男の表情を測る。
沈黙を保っていた男は、やがて悔しげに口角を歪め、唇を震わせた。
「お前が悪いんじゃねーか……!
一人だけ領主にすり寄りやがって、いい思いしやがって……!
俺達がどんな思いで日々を耐えてるか、知りもしねぇで!」
荒げられた声が客間を震わせ、重苦しい空気をさらにかき乱す。
「なんだと……? 俺が、領主にすり寄っただと?」
工房の親方の瞳がぎらりと閃き、縛られた男ににじり寄る。
「違うってのかよ!」
「俺は家族を守るために必死に仕事をしてんだ!」
「必死だぁ? 俺だって必死なんだよ! 弟子らが飢えてんだ……! てめぇだけが“いい顔”してるのが許せねぇんだ!」
「いい顔って、なんのことだ。真面目に働いているだけじゃないか」
「とぼけるな! お前んとこだけ材木も鉄も回ってきやがる! 俺らはギルドに従わなきゃ、何ひとつ手に入らねぇんだ!」
男は恨めしげに睨みつけ、唾を吐くように叫んだ。
その浅ましい姿に、リーゼロッテが冷ややかに目を細める。
「そんな理由で人をひとり攫ったのですか? それは“誇り”ではなく、ただの言い訳にすぎませんわ」
刃のような言葉に、男の顔は羞恥と怒りで真っ赤に染まった。
「誇りだと!? 笑わせるな! 町の連中からは“怠け者”呼ばわりだ! ……誇りで腹が膨れるかよ!!」
声は裏返り、呼吸も荒く乱れる。
「そのうえ……町を壊した張本人のドラゴンどもが、今じゃ土木も大工もぜんぶ横取りだ! あいつらに仕事が回って、俺たちは指をくわえて見てるしかねぇんだ!」
歯を軋ませ、男は唸るように吐き捨てる。
「結局、仕事はぜんぶ商工会の思いのまま! 俺たちギルドには一本の仕事も流れてこねぇんだ!!」
(……妙ですわね)
セリーヌの心の声を受けるように、リリアーナが穏やかに口を開いた。
「ドラゴンさんたちには河川工事をお願いしていますから、建築の仕事はすべて“大工ギルドや親方方”に回っているはずですのに」
【あとがき】
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