67.二人の誓い ④
「はぁ……あやつめ、何を考えておる……。もう出てきてもいいぞ」
アルベルトの声が低く響く。
さきほどまで確かに“空っぽ”に見えていたクローゼットの奥。
その声に反応するように、その虚空が、揺らめく水面のように波打った。
次の瞬間――そこに二人の姿が現れる。
息を乱し、衣服はめちゃめちゃにはだけ、互いを庇うように寄り添っているユーリとミュゼリアナ。
その有様を目にしても、アルベルトは眉ひとつ動かさなかった。
(……やはり、そういうことか)
すでに察していた事実を、ただ目の前で確認したにすぎない。
驚きはない。怒号もない。
ただ冷たい視線だけが二人に注がれる。
わずかに肩が落ち、白い息が夜気に滲む。
それは疲労にも似た、諦念の吐息だった。
「……愚かだな」
吐き捨てた声音には、拒絶だけがあったわけではない。
政略のために娘を切り捨てずにすむ――その安堵。
同時に、追い詰めたのは自らの選択だったという自責。
相反する二つの感情が胸裏で絡み合い、言葉を冷たく濁らせていた。
(選んだか、ユーリ。妹を――いや、一人の女を)
氷のような眼差しの奥に、一瞬だけ影が揺らいだ。
それでも表に出すのは、冷酷な当主としての貌だけ。
「貫く覚悟があるのなら……その手を離すな」
冷たくも重いその言葉が、二人の胸に突き刺さる。
ミュゼリアナの大きな瞳に、堪えきれぬ涙がにじんだ。
「……お父様」
震える声がこぼれる。
それでも彼女はユーリの手をぎゅっと握ったまま、決して離さない。
ぽろりと零れた涙が、その決意の証のように煌めいた。
ユーリはその温もりを確かめるように指を絡め、真っ直ぐにアルベルトを見据えた。
「父上……。私とミュゼを逃がして、これから、どうされるおつもりですか?」
アルベルトは短く息を吐く。
「支援の糸口は要る。だが娘は渡さぬ」
冷たい声色は変わらない。
けれど、その瞳の奥に一瞬だけ確かな決意が灯ったように見えた。
「ミュゼリアナは修道院の保護下とする。面会は星導教会の許可が下りぬ限り不可――そう通す。段取りは私が整える」
低い声が廊下に落ち、夜の空気すら重さを帯びる。
ユーリはごくりと喉を鳴らし、妹の手をぎゅっと握り返した。
「衛兵が来るだろうが、逃げるな。出頭はしろ」
言葉を切り、氷のような眼差しが二人を射抜く。
「……その法廷で――オスカーを叩き落としてみせろ」
張り詰めた空気の中、ユーリが口を開いた。
「ヴァレンシュタイン家が失脚してしまっては、融資が受けられなくなるのでは?」
父はわずかに目を細める。
「そうだな。代わりに――ドラゴンの素材を融通してもらいたい」
「分かりました。……全て上手くいったら、エルディアさんたちに相談してみましょう」
そこでミュゼリアナが、おそるおそる囁いた。
「私は……修道院に行かなければならないのでしょうか?」
アルベルトはほんの一瞬だけ娘に視線を落とす。
「できれば……そうした方がよいが……」
「主様」
緊張を破ったのは、黒猫コクヨウだった。尻尾をぶんと揺らし、呆れ顔で言い放つ。
「転移を使えば、どこにいようが会えるニャ。それにさっきも、なんでそれで逃げなかったのかニャ。見つかるかと思ってヒヤヒヤしたニャ」
「転移……だと?」
アルベルトの眉がぴくりと動く。
「ユーリ、お前はそんな魔術が使えるのか?」
「えーっと……星霊様が。コクヨウさんが力を貸してくれてるだけですよ」
ユーリが黒猫を抱き上げると、コクヨウは誇らしげに胸を張り、黄金の瞳を細めた。
「……そうか。星霊様がお力を……」
アルベルトは深く頷くと、黒猫へ向き直って恭しく頭を下げた。
「娘、ミュゼリアナをどうぞよろしくお願いいたします」
「任せるニャ」
短い返事が、妙に頼もしく響く。
アルベルトはゆるりと背を向けた。
「では、儂は戻るとしよう。次に会うのは法廷になるだろう」
足音が、静かな廊下に遠ざかっていく。
「温情はかけぬ――そのつもりでいるように」
冷徹な声だけが最後に残り、重い沈黙が二人を包んだ。
けれどユーリとミュゼリアナは、もう互いの手を離さない。
月明かりの下、指先の温もりが、これからの戦いを誓うように確かに結ばれていたのだった。
【あとがき】
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