67.二人の誓い ③
アルベルトの言葉も無視し、ケビンはゆっくりと足を向けていった。
* * *
──暗闇。
閉ざされたクローゼットの中で、二人の吐息だけが熱く絡み合っていた。
背後の扉越しに、父アルベルトと弟ケビンの声が重なる。
それは、冷たい氷と、煮えたぎる炎――相反する気配が同時に迫ってくるようで、ユーリの喉がごくりと鳴った。
(……まずい。この状況、ほんとに詰んでる)
腕の中のミュゼリアナは、必死に声を殺しながらも震えている。
小さな手がぎゅっと胸元を握りしめ、爪が食い込むのも構わず、ただ縋りついてきた。
「……お兄さま」
唇がかすかに動き、熱い吐息が頬をかすめる。
その囁きは、暗闇の中で触れ合う心臓の鼓動と同じ速さで震えていた。
「しっ……大丈夫。絶対に守るから」
そう応えながらも、内心は焦燥でいっぱいだった。
外ではケビンの荒い息遣いと足音が近づいてくる。
(やばい、見つかる……! 今、開けられたら……)
その瞬間、ミュゼリアナの肩がぴくりと震えた。
彼女も同じことを感じ取ったのだろう。
「……お兄さま、怖い……」
「……俺だって怖い。でも――」
言葉の先を、靴音が遮った。
外の気配が、クローゼットの前でぴたりと止まる。
息を呑む。
暗闇の中、互いの鼓動が重なり合い、破裂しそうなほど早鐘を打ち始める。
(頼む……今だけは……!)
外の気配が、クローゼットの前でぴたりと止まる。
(……やばい、見つかる……!)
息が詰まり、ユーリは反射的に心の奥へと祈るように叫んだ。
(頼む、《商人ギフト》……! なんでもいい、今すぐ“お薦め”を出してくれっ!!)
次の瞬間、闇の中に淡い光がふっと浮かぶ。
半透明のウィンドウが視界に開き、そこに一行だけ、鮮やかに文字が踊った。
――【天狗の隠れ蓑/背景投影式隠形装束 銅貨三枚/分】。
(これだっ!)
ためらう暇もなく、ユーリは抱き寄せたミュゼリアナを片腕で支えながら、もう片方の手で表示された【購入】の文字を指先で押した。
ふわり、と。
灰色の布が空気を吸い込むように現れる。
「……っ!」
ユーリはそのまま、彼女を抱き込んだまま、二人の頭上からすっぽりとかぶせた。
布の縁が影を呑み込み、空間ごと飲み込んでいく。
――ガチャリ。
取っ手が回り切り、扉が静かに開かれた。
だが、外から見えるのは貼り付けた絵のような“奥の壁”だけ。
そこに二人の影など、最初から存在しなかったかのように。
ケビンの目には、クローゼットの中は“空っぽ”にしか映らなかった。
「な、なんだと……いない……だと?」
ケビンの声がかすれる。
そこにあるはずの気配が、まるで煙のように掻き消えていた。
「……ケビン! 何をやっている!!」
アルベルトの怒声が飛ぶ。
しかし叱責が届くよりも早く――
バッ!
アルベルトの腕の中から黒猫が飛び降りた。
金色の瞳をぎらりと光らせ、低く唸る。
「にゃあああああッ!!」
「うわっ!?」
黒い影が稲妻のように走り、ケビンの胸に突進。
衝撃に吹き飛ばされ、床へ背中を叩きつけられる。
その拍子に、懐から転がり出たのは二本の小瓶。
ひとつは墨の澱のように濁った黒、もうひとつは熟れた柘榴を思わせる妖しい赤に妖光を宿していた。
鼻をつくような、鉄錆と甘い香の混じった匂いが漂う。
「……なんだ、それは」
アルベルトの声が氷のように低くなる。
冷たい視線が小瓶に突き刺さり、空気が凍りつく。
「ひっ……!」
ケビンは顔を真っ青にし、震える手で瓶を集める。
その胸中には、恐怖と同時にぞっとするほど卑しい欲望が渦巻いていた。
(……これさえあれば……ミュゼリアナを、必ず……!)
荒い息を吐きながら立ち上がり、返事もせず踵を返す。
瓶を抱きかかえ、必死に廊下の闇へと駆け出していく。
「ケビン!」
父の怒声も、もはや耳には届かない。
足音だけが、遠ざかる廊下に虚しく響き渡った。
【あとがき】
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