67.二人の誓い ②
囁き合う声が、必死さゆえに妙に甘く聞こえてしまう。
だが余裕などない。
廊下の向こうから、微かに靴音が響き始めていた。
「……ニャ、来るぞ」
コクヨウの瞳が扉を鋭く見据える。
(どっかに隠れないと!!)
ユーリはミュゼを抱え、大きなクローゼットに目を止めた。
「ミュゼ、こっち!」
「は、はいっ……!」
手を取り合って駆け込み、中へと身を滑り込ませる。
扉を閉めた瞬間、暗闇と木の匂い、そして互いの体温が狭い空間に満ちる。
(間に合った……のか?)
安堵の息を吐こうとしたが――
抱き寄せたままのミュゼの体温が、想像以上に熱くて、逆に心臓が早鐘を打ち始めた。
「お、お兄さま……」
暗闇で潤んだ瞳が間近に浮かび上がり、甘い吐息が頬をかすめる。
「しっ……声、出しちゃだめだよ……!」
囁きながらも、触れ合った肩と肩、胸と胸の柔らかな感触に理性が揺らぐ。
狭い空間で、互いの鼓動が重なり合ってしまう。
(まずい……この状況、危険すぎる……!)
外では靴音が扉の前で止まる。
「……っ!」
ミュゼが思わず身をすくめ、ぎゅっとユーリの服を握った。
小さな手の震えが伝わってくる。
次の瞬間――
ガチャリ。
扉の取っ手に、外側から手がかけられる音が響いた。
* * *
屋敷へと戻ってきたケビンが、扉の取っ手に手をかけた瞬間。
背後から、低い声が響いた。
「……ケビン。屋敷に戻ってきたのに、なぜ父に挨拶もせず、使用人の離れなどにいる?」
思わず肩が跳ね上がる。
振り返れば、廊下の奥に父・アルベルトの影。
氷のように冷たい眼が、じっとこちらを射抜いていた。
(くっ……父上……! よりによって、こんな時に……!)
喉の奥で言葉が詰まり、ケビンは握った取っ手をゆっくりと離すしかない。
「父上こそ先に戻ってこられていたのですね」
「うむ。……屋敷を出て行った“元使用人”の部屋の整理をな。無駄な荷物は残しておけん」
「それでは、私も手伝いましょうか?」
「ここには何もないぞ」
「……そ、そうですか。……で、ですが……父上こそ、なにか……探し物を?」
強がってみせたつもりだった。
だが自分でもわかるほど、声は震え、尻すぼみになる。
「くだらん詮索はやめろ。お前の知ることではない」
氷のように冷たい一言。
ケビンは反射的に奥歯を噛みしめるしかなかった。
(くそっ……! ミュゼリアナがよくここに来ているのは知っている。
ここの灯りがついていたんだから、この中にいるはずなのに……!)
――なのに、父上の目を前にしては、扉一つ開けられない。
胸の奥が煮えたぎるのに、足は鉛のように重い。
(なぜだ……! なぜ俺は、いつもこうして……父上にも、兄にも……!)
(こんなこと……こんなこと認められるか!!)
ケビンは勢いよく扉のノブを回し、開け放った。
「ケビン!!」
背後から父の怒声が飛ぶ。
だが振り返らず、部屋の中へと踏み込んだ。
――が、
(……いない? 灯りはついているのに……なぜだ……)
「にゃぁ~~」
ベッドの上に黒猫が一匹。
窓が開き、爽やかな風がカーテンを揺らしている。
(間違いない……この匂い……男女が――!)
「なんだ、また入り込んでいたのか……」
ケビンの焦燥をよそに、アルベルトは黒猫を抱き上げた。
「なんてことだ……お前……お漏らしをしたのか……」
「ち、違う! 父上、ここには――!」
「くだらん。猫の仕業だ」
冷淡に言い切られ、ケビンは言葉を失う。
(そんなはずはない……俺にはわかる……!
なのに父上まで、あの無能の味方を……!)
「ふにゃー。ふにゃー」
黒猫が小さな前足を伸ばし、アルベルトの顔に押しつける。
主人の口元に肉球をぐいぐいと――。
「こら、やめろ。暴れるではない」
取り澄ました父と、猫の間抜けな攻防。
だがケビンの視線は、ただ一つに釘付けになっていた。
(……クローゼットだ。そこしかない!)
【あとがき】
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