66.ミュゼリアナの涙 ⑤
「閉じこもっていても、事態は好転せぬ。
己の想いで未来を掴み取れ。
本気であるなら――世界を敵に回そうとも、貫く覚悟を持ちなさい」
その言葉は厳しくも、確かな重みを帯びていた。
そして執事へと鋭い視線を向ける。
「これから二時間、離れには人を近づけぬように。私の部屋にボトルを一本、持ってきてもらえるか」
恭しく一礼した執事が静かに従う。
その背を見送りながら、アルベルトは一度も振り返らず屋敷へと戻る。
重厚な扉が閉ざされると――残されたのは、月明かりに照らされた中庭で抱き合う兄妹だけだった。
「……離れに……行こうか?」
ユーリが恐る恐る声をかけると、ミュゼリアナは嬉しそうに頷く。
◇ ◇ ◇
離れの一室。
月光が窓越しに淡く差し込み、静かな銀の明かりがベッドを照らしていた。
ミュゼリアナは小さく唇を噛みしめ、震える手で上着のボタンを外していく。
白い布が肩から滑り落ち、月光に淡く透ける肌があらわになった。
「……お兄さま。ずっと、言えなかったけれど……」
頬を紅潮させながらも、真っ直ぐに見上げてくる。
涙で濡れた瞳に、迷いはもうなかった。
「お願い……私を、抱いて……ください」
その声はか細く震えながらも、必死に絞り出した覚悟の響き。
幼い妹の面影はそこになく、ひとりの女の決意だけがあった。
胸が締め付けられる。
どうしても拒めない――けれど、受け入れることも恐ろしい。
思わず目を逸らしたユーリに、温もりが触れる。
「……もう、寂しい朝はいらないの。
私、ずっとお兄さまと一緒にいたい……だから……」
そう囁いたミュゼリアナの体温が、さらに近づいた。
柔らかな膨らみが胸元に押し当てられる。
「っ……!」
思わず息が詰まる。
月明かりに透けた白い肌が、あまりにも近くて。
小さな手が背中に回り、必死に縋りついてくる。
震える指先から、もう後戻りできない覚悟が伝わった。
「お願い……ユーリ兄さま……」
涙に濡れた声が、耳元で熱を帯びて落ちる。
「けど……僕たちは兄妹……」
苦しげに絞り出した声に、ミュゼリアナの肩が震える。
涙が頬を伝い落ちる、その瞬間――
「ニャはは、何を今さら悩んでおるニャ」
窓辺から聞き慣れた声が割り込んだ。
黒猫コクヨウが、尻尾を揺らしながら気怠げに欠伸をする。
「近親の血の交配だの遺伝だの――そんなもの、主様には関係ないニャ。
すでに人の身をやめ、神格を得た存在なのだからニャ」
「コクヨウさん!」
あまりにあっけらかんとした物言いに、ユーリは言葉を失った。
ミュゼは涙に濡れたまま、それでも少しだけ安堵の色を浮かべる。
「ニャによりも――主様を求めておる女を、理屈で突き放す方が罪深いニャ。
あとは、主様の覚悟しだいニャぞ?」
月明かりの下、黒猫の瞳が愉快そうに光った。
「えっ……人間やめてるって……そういうこと?」
「そうニャ、そう言うことニャ」
「そっか……そうなんだ、じゃあ、遠慮……しなくていいのかな」
自嘲めいた笑みとともに、ユーリはミュゼリアナを強く抱き締めた。
彼女の身体が小さく震え、胸の鼓動が伝わってくる。
「全部、俺が守ってやる。
お前が望む未来も、涙も、寂しさも……俺が全部、引き受ける」
その言葉と同時に、ユーリは彼女の肩を押し、ベッドへとそっと押し倒す。
月光に照らされた白い肌が大きく揺れ、震える吐息が熱を帯びる。
ベッドに押し倒されたミュゼリアナは、潤んだ瞳で必死に見上げていた。
月光に濡れた頬、涙に滲む微笑み。
「……ユーリ兄さま……」
縋るように伸ばされた腕が、ユーリの首に絡みつく。
柔らかな体温が重なり、胸の鼓動が混じり合う。
「ミュゼ……もう、離さない」
囁きとともに、ユーリは彼女の涙を指でそっと拭った。
そのまま距離を詰め、吐息が触れ合うほどに顔が近づく。
少女の甘い香りと震える唇――
理性の最後の糸がぷつりと切れる。
――そして、唇が重なった。
「ん……っ……」
か細い吐息が洩れ、ミュゼの身体が小さく震える。
涙の味が混じる口づけは、幼き日の記憶をすべて塗り替えるように熱かった。
もう、兄と妹ではなかった。
ただ一人の男と女として――二人は互いを求め合っていた。
【あとがき】
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