66.ミュゼリアナの涙 ①
エルディアが優雅にワインを傾け、ルウティアが料理をほおばり幸せそうに笑う。
その光景が、ケビン・フォン・レオニダスの神経を逆なでした。
「ふん……何がペンドラゴンだ」
ワインをひと口含み、渋みを舌の上で転がす。
「あんな魔術も使えぬ能無しが……面白くない」
ユーリ・フォン・シュトラウス・ペンドラゴン――。
先ほど国王から大層な名を授かった“あの男”を思い出すだけで、胸の奥が焼けるようだった。
(面白くないといえば、父上もだ。なぜミュゼリアナに署名をさせない)
隣に座る父アルベルトは、ワインを手にしたまま沈黙している。
かつては誰より威厳を誇った背が、今ではやけに小さく見えた。
ほんの少し前までは「無能が長男だそうよ、お気の毒に」と同情されていたはずが――
黒竜討伐の噂が流れてからは一転、「無能な父が嫉妬して追い出したのだ」と陰口を叩かれる始末。
その全てが、ケビンには屈辱だった。
「父上、魔術庁長官ともあろう者が……そのように沈んでいては嘆かわしい」
苛立ち混じりに吐き捨てると、アルベルトはわずかに視線を上げただけだ。
「……すまない。少し考え事をしていた」
「考え事、ですか。……それで、なぜミュゼリアナの婚姻に署名をされぬのです」
声が自然と荒くなる。
杯を片手に笑い合う宴席の渦の中で、ケビンの胸中は焦燥にかき乱されていた。
(なぜだ……あれほど言い含めておいたのに、まだ署名をしていないとは……)
妹、ミュゼリアナ。
気弱なあの娘なら、とっくに観念して承諾するはずだった。
それなのに、未だに自室に閉じこもったまま返事をよこさない。
(まったく……愚図め。これでは話が進まぬではないか)
額にじっとりと汗がにじむ。
そのとき――背後から声がかかった。
「これは、ケビン殿」
振り返ると、ワインカップを片手にしたオスカー・フォン・ヴァレンシュタインが立っていた。
にやりと浮かべる笑みとは裏腹に、その瞳は獲物を値踏みする冷たさを宿している。
「……これは、ヴァレンシュタイン卿」
ケビンは慌ててグラスを置き、立ち上がった。
誘うように笑むオスカーの顔が、やけに眩しく映る。
(ヴァレンシュタイン卿……今は王都で最も資金力のある家の一つ。なんとしても繋がりを持たなければ!)
胸の奥で打算が蠢く。
父は頼りにならず、レオニダス家の立場は日に日に弱まっている。
だが――自分にはまだ切り札がある。
妹、ミュゼリアナ。
修道院に遊びに行かせておくなど、あまりにも勿体ない。
彼女を利用すれば、家は必ず立て直せる。
そう確信しているからこそ、ケビンは笑みを作って言葉を返した。
「……少し、外の風に当たりませんか? 酒の席ですし、耳も多い。バルコニーなら、落ち着いてお話しできるかと」
オスカーは一瞬だけ目を細め――すぐに、愉快そうに口角を吊り上げた。
やがて二人は、喧騒を背にバルコニーへと歩み出る。
夜風がひやりと頬を撫で、背後からはまだ宴席の笑い声が遠く響いていた。
月明かりを背にしたオスカーは、ゆったりとカップを傾ける。
その笑みは柔らかいが――瞳だけは氷のように冷たい。
「……さて、ケビン殿」
低く抑えた声が、夜気に溶ける。
「例の件。どうなっている?」
胸の奥がずきりと痛む。
それでもケビンは、必死に笑みを作り答えた。
「も、もちろん……進んでおります。妹には、いずれ必ず署名させます。あとは承諾さえ済めば――」
「――済めば?」
わざとらしく区切る声音。
オスカーの目が細まり、鋭い光が走った。
ケビンは一瞬息を呑み、慌てて言葉を繋ぐ。
「え、ええ……ですが安心してください。必ず説得します! 父上も……きっと」
言い訳を並べる声が、夜風に震える。
【あとがき】
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