65.九尾の星詠み ⑥
「の、覗いてませんから! これは……確認だから!!」
衣をきちんと着直した白蓮は、ゆるやかに振り返る。
白蓮の瞳が、まっすぐにユーリを射抜いた。
(えっ、じっくり見たのがやっぱりダメだった!?)
背筋に冷や汗がつうっと伝う。
心臓がやけにうるさく響く。
テストでカンニングがバレた瞬間のような緊張感に胃が締め付けられる。
しばし、沈黙。
九尾を包んでいた光の残滓が、まだ空気の中に漂っている。
その静寂の中で、白蓮はゆっくりと唇を開いた。
「もう一つ、星の記憶から、過去にも誰かに毒を盛っていたようじゃな」
「なっ!?」
血の気が一気に引いて、背中が凍りつく
(先代は病死したってルクレティアさんが言ってたけど……もしかして……病死じゃなかったのか?)
「……貴方様」
低く声をかけてくるオフィーリア。
ユーリは大きく息を吐き、立ち上がった。
「とりあえず、アイナに連絡してもらえる? 僕は……ミュゼの所へ行く」
「ええ。毒の出所が分かれば――オスカー卿の思惑を潰せますわ」
オフィーリアの瞳に、強い光が宿る。
その横顔に、ユーリは静かに頷いた。
(ミュゼ……待ってろ。今、行くから)
「うむ。急いだほうがよさそうじゃな」
白蓮がゆるやかに頷く。
「……穢れが、お主の大切なものを飲み込む前にの」
「白蓮様、ありがとうございます」
ユーリが礼を告げると、白蓮はふっと唇の端を上げ、どこか楽しげに微笑んだ。
「ふふ……礼など不要じゃ。すべてが終わった後――その時に妾を迎えに来てくれればよい」
「えっ……!」
(アカン……この選択肢、どれ選んでも破滅ルートな気がするんですけど!?)
思わず固まるユーリの横で、オフィーリアが小さくため息をつく。
「……はぁ。これもセリーヌ様の読み通り、ということでしょうか」
「ちょ、リアさん!? そんなことになったら、王太后陛下とドンパチ始まって――絶対、皇国だって黙ってないですよね!?」
慌てふためくユーリを見て、白蓮はくすりと愉快そうに笑った。
「何を言っておるのじゃ。そもそも皇国が黙っておるわけなかろう」
「それは……そうですよね!? 未来を見通す力なんて、欲しくないはずがないし……」
「ふふ。つまり其方も、妾が欲しくなったという訳じゃな?」
「いや、でも……これ以上、王太后陛下に睨まれるのは……胃がもたないっていうか……」
狼狽するユーリに、オフィーリアが冷ややかに肩をすくめる。
「ドラゴンも倒した旦那様が、こんなところでヘタレてどうしますの?」
「そ、そう言われてもね!? 相手が皇国とか王太后陛下とか……スケールでかすぎるでしょ!!」
ユーリが必死に叫ぶと、白蓮はおよよと両手を胸に当て、そのまま大げさに床へと倒れ込んだ。
「わ、妾はここで永遠に閉じ込められ、祖国が燃えるのをただ黙って見ておるしかないのじゃな……」
か細い声に、狐耳がしゅんと垂れる。
その姿は“九尾の大姫”というより――
気高さを脱ぎ捨て、寄りかかる場所を探すひとりの女性のように見えた。
(ず、ずるい! そんな子犬みたいな目で見られたら……! いや、狐なのに!!)
「わ、分かったから! 色々と片付いたら……ちゃんと考えるから」
勢いで言ってしまった自分の言葉に、心臓がドクンと跳ねる。
「……ほ、ほんとうかの?」
白蓮は頬をうっすら染め、上目遣いでこちらを見上げてくる。
狐耳がぴくりと揺れるたび、ユーリの理性ゲージがごりごり削られていく。
(くぅ……反則級に可愛いな!!)
ユーリが煩悩と戦っている横で、オフィーリアが冷ややかにため息をつく。
「……旦那様。完全に手のひらで転がされてますわよ?」
「わかってる! わかってるけど……かわいいんだもん仕方ないじゃん!!」
(前世では――犬、飼えなかったしな……)
そう思った瞬間、頭の片隅で黒猫のコクヨウが不貞腐れながらも言う光景が脳裏に浮かぶ。
『妾の犬よりも、吾輩の猫の方が相応しいニャ』
「――妾を“飼って”みるのがよいではないか? のう、主様」
チラリ。
白蓮が着物の裾を少しずらし、白磁のような脚線を艶めかしく覗かせる。
「ぐはっ!!」
ユーリは膝から崩れ落ちるようにして床に両手をつくと、
「分かりました。必ずお迎えに来ますから、それまではココで大人しくしててください……」
その言葉に白蓮がふわりと微笑むのであった。
【あとがき】
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