65.九尾の星詠み ③
「っていうか、実はこれ……シードルなんじゃ?」
「……葡萄酒ですから」
オフィーリアが即座に切り返す。
「潮風を含んだ大地を思わせる爽やかな味わい……葡萄でなければ、この奥深さは出ませんわ」
そう言って、彼女はゆっくり目を閉じ、香りを確かめるように一口。
頬を淡く染め、夢見心地の表情を浮かべた。
ユーリは思わず言葉を忘れる。
ただ、その横顔に見惚れてしまっていた。
(……やっぱり、黒髪……いいなぁ)
「なにを乙女のように見惚れておるのじゃ、お主は?」
白蓮の涼やかな声に、ユーリはびくりと肩を震わせ、慌てて視線を逸らす。
「い、いえっ……別に、その……。そ、そういえば、僕に何かご用があったんですよね?」
「ふむ……実はな。お主に、ひとつお願いしたいことがあるのじゃ」
静かな声色に、ユーリもオフィーリアも思わず息を止める。
塔の空気が、ぴんと張り詰めた。
「……何でしょうか?」
ごくり、と喉が鳴る。
次の言葉を待つ間の一拍が、やけに長く感じられた。
「――皇国を、滅ぼしてほしいのじゃ」
ぽつりと落とされた一言。
その瞬間、蝋燭の炎さえ凍りついたかのように揺れを止め――
部屋に重苦しい沈黙が落ちる。
「……はい?」
白蓮の言葉が頭に入らず、ユーリは間の抜けた声を漏らしてしまった。
(は? えっ、今……滅ぼすって言った!? 皇国を!? 無理無理無理! 僕ただのインチキ商人だよ!?)
隣のオフィーリアもぽかんと目を瞬かせている。
張りつめた沈黙が、余計に耳に痛い。
(これは……姫なりの冗談、なのか? 冗談にしちゃ重すぎるんですけど!!)
頭の片隅に、かつて聞いた歴史の逸話がよぎる。
――ハクオウ皇国は、初代勇者の仲間が建国した由緒ある国。
数十年前には、狸獣人の狸小路康家が朝廷から大将軍に任じられ、やがて軍事クーデターで幕府を開いた……。
思考が空回りし、口から出た言葉は――
「えーっと……それはつまり、今の“幕府”を倒してほしい、ということですか?」
「……幕府も朝廷も、皇も含め、腐りきったものすべてじゃ」
白蓮はくすりと笑みを洩らし、揺れる狐耳を小さく傾ける。
「皇国を――手に収めたくはないか?」
その瞳は冗談を言っているようなものではなかった。
(……ま、マジか。本気で言ってる、この人……!?)
ユーリは心の中で頭を抱える。
(戦争なんて……なんの生産性もないから絶対やりたくないって!!)
(だいたい僕にはミュゼのこともあるし――)
(下着を作って売らなきゃいけないし、領地改革もあるし、ラグジュアリア構想だって途中だし……!)
(正直、後宮の運営だけで……もう手一杯なんですけど!?)
「え、えっと……すみません。いま僕、戦争とかちょっと……領地経営と、下着のことで手一杯で……」
一瞬の沈黙。
白蓮の瞳が細められ、かすかに狐耳が揺れた。
「領地経営は分かるのじゃが、下着……とは何のことじゃ?」
「……貴方様」
すぐ隣で、オフィーリアがため息まじりに呟く。
涼やかな瞳が真っ直ぐに突き刺さり――
「それではただの変態ですわよ?」
「ち、違うから、作って売るので忙しいって話だから!!」
「ふむ? お主、ドラゴンを従えておるのじゃろう?」
白蓮は小首を傾げ、さらりと言い放つ。
「そんなもの、手間などかからぬではないか」
(いやいやいや! かかるから! めっちゃかかるから! 俺の精神衛生上負担かかりまくりですから!!)
ユーリが全力で心中ツッコミを入れている横で――
「……ふふ」
オフィーリアが堪えきれずに噴き出した。
黒髪を揺らしながら、アメジストの瞳を細め、にこりと笑む。
「確かに……黒竜ドランヴェルク様のことでしたら、きっとこう仰るでしょうね」
【あとがき】
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