65.九尾の星詠み ①
竜族を歓待する晩餐会の喧騒から隔たれた王城の一角。
人目を避けるように建てられた塔の最上階。
厚い石壁に守られた静かな室内で、オフィーリアは姿勢を崩さず控えていた。
窓辺のそばに置かれた小さなテーブルに椅子が三つ。
その席に佇む女性の輪郭を、揺らめく蝋燭の明かりが浮かび上がらせる。
金糸のような髪が炎の揺らめきを映して背を覆い、
頭の上で揺れる二つの狐耳だけが、彼女が獣人であることを示していた。
塔の上に幽閉されているというのに――その横顔には苦悩の影ひとつ見えない。
「天津上宮様、お紅茶をお持ちいたしましょうか?」
オフィーリアが声をかけると、彼女がゆるやかに顔を上げる。
星を閉じ込めたかのような瞳が、ひとときこちらを射抜いた。
「……妾のことは白蓮と呼んでよい。その呼び名は骨が折れよう」
ふと、白蓮の唇の端に淡い笑みが浮かんだ。
蝋燭の炎が揺れ、その微笑は一瞬きらめいて――すぐに溶けて消える幻のように儚い。
「せめて、この狭き塔の中くらいは……堅苦しい衣を脱いでいたいのじゃ」
声音はやわらかいのに、どこか遠い調べを思わせる。
オフィーリアは思わず息を呑んだ。
高嶺に咲く花が、ほんのひととき、目の前まで降りてきたような――そんな錯覚に囚われる。
「分かりました、ハクレン様。それでお紅茶はお入り用でございますか?」
「いいや……」
白蓮は、ちらと横顔を窓の方へ向け、星影を見やった。
長い睫毛の奥で、瞳がわずかにきらめく。
「それより――其方の夫。あの者のことを、少し聞かせてくれまいか?」
思わぬ言葉に、オフィーリアは瞬きを忘れた。
「ユーリ様のことをですか?」
努めて平静を装いながらも、胸の内に小さな熱が宿る。
「先ほど連絡がありましたが……もうそろそろ夜会を抜けて、こちらにお越しになるとのことです」
その言葉で、白蓮の瞳にふっと灯った光。
それは星明りを受けただけかもしれない――
けれど、オフィーリアの目には、待ち望む者を想う微笑に見えてしまった。
(……なぜ、旦那様を?)
(皇国の姫と、旦那様が知り合いなはずはございませんのに……)
黒竜討伐の噂は、王都から遠く皇国にまで届いているだろう。
だが、それだけで姫がわざわざ問いただすものだろうか。
(セリーヌ様からは、彼女も後宮に……と仰せでしたが……)
(いざ目の当たりにすると、どうしたものか……)
オフィーリアが小さく息を整えると――
「じゃが、ここは塔の最上階よな……。妾に、そう易々と会えるものなのか?」
白蓮は何気なさそうに言いながら、ちらと窓へ視線を流す。
「……いいえ。ここへの出入りは厳しく監視されております」
努めて冷静に答えたつもりが、声がわずかに上ずる。
その反応に、白蓮は唇の端をかすかに吊り上げた。
「そうじゃろうな。窓には鉄格子まで掛けられておるし……さて、どうやって入ってくるつもりかの?」
(ほんと……どうやって入ってくるつもりなのでしょうか……
扉も窓も固く閉ざされていますが……)
白蓮の言葉につられ、オフィーリアは部屋で唯一の出入り口である扉へと視線を向けた。
見た目はただの木の扉にすぎない。
だが、その向こうに衛兵が控えていると思うと――鉄の扉よりも重く感じられた。
(もしかして……小鳥に姿を変えて入ってくる、とか!?)
思わずそんな突飛な想像がよぎり、慌てて白蓮の方へ視線を戻す。
すると――窓辺に、いつの間にか一羽の小鳥が留まっていた。
「これは何とも珍妙な……」
白蓮が、ひとりごとのように吐息を洩らす。
【あとがき】
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