64.晩餐会 ③
「っ……も、もう! 旦那様ったら……!」
アイナは視線を逸らし、慌てて咳払いをひとつ。
すぐに涼しい顔を取り戻し、ドレスの裾を翻して扉を指し示す。
「……さ、さぁ。王城へ向かいましょう。大王太后陛下がお待ちですわ」
赤い頬を隠そうとする仕草が、逆に隠し切れない。
そんなアイナの横顔を見て、ユーリはまた頬を緩めながら、彼女の後に続いた。
やがて王城へと向かう馬車の中。
右隣にはエルディア、左隣にはルウティア。
白銀と桃色、二つのドレスがぴたりと両腕に触れている。
ふわりと香る薔薇と蜜の香気、柔らかな感触――その両側から押し寄せる圧倒的な安心感に包まれ、思わず揺蕩いそうになる。
――だが、その甘美なひとときも束の間。
窓の外に、夜空を背にそびえる巨大な王城が影を落とす。
灯火に照らされたその威容は、まるで魔王城のごとき威圧感を放っていた。
◇ ◇ ◇
――王城、訓練場の片隅。
夜気を切り裂くように、鋭い槍の突きが繰り返されていた。
鉄槍の穂先が、貼り付けられた顔絵を何度も何度も貫く。
藁人形に描かれているのは――ユーリの顔。
「はぁっ……! はぁっ……!」
荒い呼吸とともに槍を突き込みながら、レオンハルトは横目で隣を見やった。
そこでは母――王太后エリザベートが、同じように藁人形へ鞭を振るっていた。
その藁人形には、セリーヌの顔が貼られている。
「この女狐が……っ! いつまで私を嘲るつもりか……!
国王を奪ったあの日のように……!」
鞭を振り下ろすたび、乾いた破裂音が夜に響き渡る。
(……セリーヌ様になんて、こんなことを……。母上は、なんて醜いんだ! 俺は、あんな風にはなりたくない……!)
そう心で叫びながらも、気づけば槍の穂先をさらに深く突き立てていた。
(さぁ、来い!! ユーリ・フォン・シュトラウス。俺は逃げも隠れもせんぞ!!)
汗が滴り落ちる。
胸の奥から噴き出す怒りと嫉妬に駆られ、レオンハルトは槍を振るい続けた。
何度も、何度も――
◇ ◇ ◇
大広間に隣接する控えの間。
深紅の絨毯に金糸のカーテン、壁には歴代王の肖像画が睨みつけるように並んでいる。
その中に、ユーリも見知った顔があった。
先王。
セリーヌの前の夫にして、リーゼロッテの父。
(……あの眼差しの先に、昔の彼女がいたんだな)
鎧のきらめきの陰で、ふっとセリーヌの笑い声が甦る。
腕の中でとろけるときの、掠れた甘い声。
描かれた横顔には、確かにリーゼロッテの線がある。
袖をぎゅっと掴み、甘えた声で自分の名を呼ぶ彼女――あの温度も、すぐに思い出せる。
(あんたが愛した人は、今は俺の妻だ)
(あんたが残した宝も――俺は、愛してしまった)
勝ち負けの話ではない。
……それでも、男というものは欲深い。
いちばん満たしているのは、自分だと信じたくなる瞬間がある。
――この肖像の男が決して知り得ないセリーヌの顔。
理性がほどけ、貪るように彼を求めてくれている――その優越感。
――そして、この肖像の男が生涯目にすることのないリーゼロッテの表情。
宝箱の奥を鍵で開け、天蓋を震わす金色のファンファーレとともに、秘宝を手にした征服感。
それでも――
この男がいなければ、出会うことのなかった命たち。
過去のすべてが積み重なって、いま、ここにいる。
(……引き継ぐよ。あんたが守ろうとした人たちの、今を)
無意識に背筋が伸びた。
絵の中の王に、胸の内だけで小さく告げる。
(見ててくれ。俺は平凡な小領公だけど――セリーヌもリーゼロッテも幸せにしてみせる)
ルウティアが肖像を見上げ、きらきらした瞳でユーリの袖をちょんと引いた。
「この方がロッテ様のお父様で……セリーヌ様の……うん、親子だよね?」
「そ、そうだね」
「あっ、じゃあ私もお母様と親子。ユーリ様って、親子で……」
彼女は一瞬考えて、満面の笑み。
「……するのが“お好き”なんですね」
【あとがき】
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