64.晩餐会 ①
通話具をそっと置き、ユーリは深く息を吐いた。
胸の奥にはまだ、セリーヌの甘やかな声の余韻が残っている。
(……今度、ウサギのガラス細工でも贈ってみるか)
思い浮かべただけで頬がゆるむ。
拗ねた顔をしながら「これで誤魔化そうとしてますわね」と微笑む姿が、目に浮かぶ。
(そういえば、ウサギ……好きだったよな)
けれど、その温もりを引き裂くように――星導教会で出会ったミュゼリアナの影が脳裏を過ぎる。
凛とした横顔。
寂しげに揺れる瞳。
(……ミュゼ。今も泣いてたりしないかな)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
だが――ケビンも、レオニダス家も、オスカーも。
いまのところ彼らに“明白な瑕疵”はない。
(攫えば、ミュゼの立場が悪くなるかもしれないし、最悪の場合、戦争の口実を与えることになるし……)
せめてもの備えに、星霊のコクヨウを彼女の影に待たせてはいるが――
それでも不安は拭えない。
(……何か、もっと良い手は……)
考えられる道は――修道女になること。
だがそうなれば、彼女は信仰に縛られ、自分は二度と自由に逢えなくなる。
苦い思考を振り払うように――ふと、セリーヌの言葉が蘇る。
(……そうだ。今日はルクレティアさんと夜を過ごすんだったな)
背筋がぞくりと震える。
期待と不安が入り混じり、胸の奥がざわつく。
(……前世だと負けっぱなしだったよな)
(早撃ちガンマンかよ、ってぐらい早かったし、女の子から、「残り時間一時間ぐらいありますけど、もう一回します?」なんて言われた時には凹んだな……)
苦い記憶が喉の奥に蘇る。
だが――
(ふっ、この世界で、俺がどれだけ修行してきたことか……)
(コカトリスのエナジードリンクはマジでビビったけど、あの地獄――もとい天国にも昇ったんだ)
地獄だったのはユーリでなく、エレノアたち冒険者四人なのだが……。
(次は勝つ。俺より先に、絶対、いかせてみせる!)
(――って、違うだろ俺!)
自嘲まじりに額を押さえる。
(……もしミュゼが娼婦にされるなら、身請けという形で保護するのはどうだ?)
相当な金はかかる。
だが、できない話ではない。
(そもそも、この世界で結婚してる女性が娼婦の仕事できるのか?)
この世界で女の姦通は重罪だ。
男なら多少見逃されても、女は徹底的に裁かれる。
公開の場で晒し台に立たされ、辱めを受けることもあれば――その場で斬られても、正当防衛として処理される。
(それなのに……オスカー・フォン・ヴァレンシュタインは、本当に“妻”を娼婦にするつもりなのか?)
胸の奥に、冷たい嫌悪と警戒がじわりと広がっていく。
そのとき――
コン、コン、と扉を叩く音。
「旦那様、晩餐会のお時間でございます」
アイナの落ち着いた声。
扉越しに聞こえたその一言で、胸にあった甘い余韻が霧のように消えていく。
(……そうだ。俺にはまだ“試練”があったんだ)
(明日の審問……その前に、大王太后陛下の晩餐会。浮かれてる場合じゃなかった)
扉が開き、静かに一礼する姿が目に入る。
その後ろから――
ふわり、と空気が変わった。
「……っ」
思わず言葉を失う。
アイナの背後に現れたのは、艶やかなナイトドレスをまとった二人の女性。
エルディアとルウティア。
母は銀灰の髪を優雅に結い上げ、白銀のレースをふんだんにあしらった純白のドレス。
大人の気品と艶やかさをまとい、まるで玉座に座る女王のよう。
娘は桃色の髪をふんわりと揺らし、琥珀色の瞳を煌めかせる。
軽やかな桃色のドレスは少女らしさを引き立てながらも、母譲りの体躯を隠しきれない。
――親子で立つだけで、まるで華の饗宴だ。
(お、おぅ……これは……)
喉が、ごくりと鳴った。
気品あふれる女王と、可憐な姫君――
その二人が、胸元を大胆に飾ったナイトドレスで並び立っている。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
ユーリの嫁国家計画、応援したいと思ってくださったら、
⭐評価と❤、ブックマークお願いします!




