63.不浄なるもの ②
セリーヌの声に、二人が小さく頷いた。
ほどなくして、クロエとリリィが薄い木板の束を抱えて入ってくる。
セリーヌはオーバースカートの脇口から手を滑らせ、帯吊りのポーチへ魔導通話具をそっと納めると、二人の手元に視線を落とした。
薄板の縁をかちりと噛ませて連ねるたび、炭で引かれた外郭や道路、川筋が一枚の領図に繋がっていく。
「セリーヌ様、準備が整いました」
クロエが机に炭棒と赤チョークの束、小箱の木駒を並べる。続いてリリィが控えめに問いかけた。
「お紅茶をお持ちいたしますか?」
セリーヌは柔らかく微笑む。
「ええ、あとでいただきますわ。――ありがとう、二人とも。まずは、お二人の所見を聞かせてちょうだい」
「それでは失礼して――」
クロエが赤チョークを取り、地図の上にいくつか小さな×印を記した。
「……不浄なモノを投げつけられた被害です。いずれも、私どもに協力的な工房ばかりでございます」
リリィも赤チョークを手に取り、別の場所に×印をつけ加える。
「こちらは畑の被害……苗が踏み荒らされていたり、夜に家畜を放たれていたり、干し草の山に水を掛けられていたり……」
二人の報告を聞きながら、リーゼロッテが思わず小さく吐き出した。
「……みみっちいくせに、質の悪い嫌がらせですわね。今は食料不足で皆が困っているというのに……」
クロエが赤チョークを指先で転がしながら、静かに頷く。
「ええ。どれも深夜に、こちらの見回りの“抜け”を正確に狙っております。――偶然ではなく、土地勘と……」
「……つまり、誰かが情報を漏らしている、ということですわね」
セリーヌは扇を閉じ、静かに吐息をひとつ。
少し間を置いて、リリアーナが口を開く。
「では……ギデオンの狙いは、いったい何なのでしょう?」
セリーヌは眉をわずかに寄せ、吐き捨てるように小さく答えた。
「嫌がらせの報復以外、考えられないでしょうね。……往生際の悪いことですわ」
リーゼロッテが机上の地図を見つめながら、真剣な声で言葉を重ねる。
「けれど、これがもし……レーベルク男爵領の人間によるものだとしたら。自分で自分の首を絞めるような真似、なぜ……?」
リリアーナは指先で頬に触れながら、冷静に推測する。
「ギデオン側から、金銭か……あるいは食料を受け取っているのかもしれませんね」
リーゼロッテが小さく息を呑み、思いついたように顔を上げた。
「であれば……領民どうしに、“誰か急に行動が変わった者がいないか”報告させるのはどうでしょう?」
しかしセリーヌは、すぐに首を横に振った。
「それは駄目よ。そんなことをすれば、みんなが互いに疑い合って、委縮するわ。……今は一致団結して領を再建しなくてはならない時。恐れや不信を煽るような真似は、ギデオンの思う壺よ」
その言葉に、リリアーナは静かに微笑み、納得したように頷いた。
「……だからこそ、ギデオンはそこに楔を打ち込みたいのかもしれませんね。わたくしたちの結束を揺さぶるために」
リーゼロッテは拳を握りしめる。
「……潰れてもヒキガエルはヒキガエルのままと言うことですわね」
セリーヌは思わずくすりと笑い、娘を見やる。
「まぁ……リーゼったら。口は悪いけれど、ごもっともですわ」
その時、執務室の扉が勢いよく開かれた。
「セリーヌ様っ!」
アメリアの静止を振り切り、フィオナが駆け込んでくる。
「大工の親方の娘さんが行方不明なんだって!」
「待って、フィオナ」
アメリアが慌てて追いすがり、必死に説明する。
「まだ“さらわれた”と決まったわけではありません。ただ……夕食の時間になっても帰ってこないと、親方さんが心配していただけで……」
「でも!」
フィオナは大きな瞳をぎゅっと見開き、拳を握る。
「ご飯の時間に帰ってこないなんてありえないもん。絶対に誘拐だよ!」
そこでクロエが小さく肩をすくめ、冷ややかに言い放った。
「……やれやれ。ご飯と旦那様の話になると、すぐ“絶対”って言い出すんですから。単純で助かりますわ」
「な、なにそれっ!? わたしのどこが単純なの!」
フィオナが真っ赤になって食ってかかる。
クロエは取り合う様子もなく、赤チョークで親方の家に小さな×印を入れながら淡々と続けた。
「褒めて差し上げているんですよ。――単純だからこそ、犯人に甘い言葉で惑わされる心配もございません。……ね、セリーヌ様?」
【あとがき】
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