62.王太后との駆け引き ③
オフィーリアが下を向いているのを幸いに、王太后は射殺すような視線を注いだ。
その瞳に熱が走ったのは一瞬。
すぐに紅の唇は艶やかな弧を描き、愉しげな仮面に塗り替えられる。
「……よろしいわ。市井の雑音など、所詮は取るに足らぬもの。ですが、魔術の媒質を持つ絹糸に関しては、王家の専売となさい」
(そう来ましたか。表向きはお墨付き――ですが、王太后陛下は皇国絹の地盤。買い殺しの可能性の方が高うございますわね)
「御意にございます。ただ――恐れながら、糸そのものと織り上げられた加工品とでは、扱いに大きな隔たりがございます。
もし加工品まで専売の御料とされますと……貴族令嬢も市井の肌着を身に着けることに。――それは陛下の御名にそぐわぬ笑い話となりましょう」
「つっ……」
(はくものがなければ、平民の下着を纏えば良い――なんて、ご令嬢方に仰せになれるはずもありませんわよね)
「汚れにくく、潤いを保つ下着こそ“特別”。もしそれすら凡俗と同じでよろしいと仰せなら……残念ながら、レーベルク男爵領の後宮妃のみがその恩恵を受けることとなりましょう。
――けれど、我が夫は、世のすべての貴族令嬢に美を届けたいと願っております」
王太后の紅の唇が、わずかに引きつる。
だがすぐに、氷のような笑みが塗り重ねられた。
「……減らぬ口ね。仕立屋ギルドが外部からの持ち込みを禁じているのをご存じでなくて? ――結局は、王家の勅許が欲しいのでしょう?」
「レーベルク女男爵が、このように申しておりました。
――職人が研鑽を積み、血と汗と涙を注いで生み出したものにまで鎖をかけるのは、すなわち彼らを奴隷とすること」
その一語に、王太后の扇子がかすかに止まる。
静寂の中で、オフィーリアは淡く目を伏せ、次の言葉を紡いだ。
「新しい発想と工夫こそが新しい物を生み出します。もし彼らを奴隷とすれば、やがて彼らは領内で、己が家族のためにしか働かなくなるでしょう」
突き放すように告げながらも、その声音には微笑の気配すら漂う。
まるで「それで困るのは貴族の方々ですわよ」と言外に語っているかのように。
「……ですが、貴族様方がお運びの折には、喜んでお譲りすると」
一拍の間。
次に続いた一言は、丁寧すぎるほどの言葉遣いだった。
「もちろん、宿泊のご用意も整えておりますので――どうぞご安心くださいませ、と」
にこやかなもてなしの調子。
だがそこに潜むのは、“乞いに来るのはそちらですわ”という皮肉の刃。
「……なるほど。いかにも、あの女らしい理屈ね。職人を持ち上げ、己を聖母のように飾り立てる。――聞いているだけで胸やけがするわ」
王太后が吐き捨てるように言ったその瞬間、ばきり、と乾いた音を立てて扇子が折れた。
一拍置いて吐息を洩らし、彼女はすぐさま仮面の笑みを浮かべる。
「ふぅ……まぁ、いいでしょう。条件としてレーベルク男爵領で生産される絹糸の専売権を王家に与えなさい。そうすれば、見えない所まで咎めることはやめましょう」
その宣告に、オフィーリアは恭しく首を垂れた。
「ありがたき幸せ。――命じられるままに、余すところなく務めさせていただきましょう」
従順な答えに満足したのか、王太后は冷ややかに微笑む。
「……ちょうどよいわ。王都に“地方産業振興顧問”の席を新設いたします。
貴女には、そこで舌と才を存分に振るっていただきましょう。――まさか、今さら口を濁すことはないでしょうね?」
思いもよらぬ言葉に、オフィーリアのまつ毛がかすかに震える。
勝利を確信しかけた胸中に、冷水を浴びせられたかのような感覚が走った。
【あとがき】
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