62.王太后との駆け引き ②
「給仕の盆が軽ければ、知恵まで痩せるわ。貴き者に娼の所作をさせて利を求めるなど、まったく見苦しい」
鼻先でふっと笑い、王太后は視線だけを細めた。
その冷笑は、まるで蛇が獲物を見定めるときのそれ。
オフィーリアは深く頭を垂れたまま、まつ毛の影で微かに息を整える。
――宮中に漂う風聞。
先王の崩御後、王太后が宰相と親しく往還しているという噂。
けれど、それを口にして刃を振るうつもりはない。
むしろ、己の沈黙こそが最大の刃だと知っているからだ。
「僭越ながら――星導の教えにおきましても、節度ある夫婦の和合は家の安寧と恩寵の徴とされます。
良き資質が健やかに継がれる環境を整えることこそ、陛下の御代を静かに支える柱となり、国益に資すると存じます」
その言葉に、王太后の笑みがぴたりと凍りつく。
場の温度が、ひとつ下がった。
「“家の安寧”とやら……徳は認めましょう。――では、その鹿でも糸の製法くらいは心得ているのでしょうね?」
鋭い視線に射抜かれながら、オフィーリアは小さく息を吸い、凪のような声で返した。
「恐れながら……どうも魔の森で捕らえた虫のようなものから紡いでいるらしいのですが、レーベルク男爵夫の守りが固く、詳細までは掴めずにおります」
「虫? ……おぞましいわね」
王太后は眉根を寄せ、顔をわずかに背ける。
「皇国の絹糸と比べて、どうなのかしら?」
オフィーリアは静かに言葉を紡ぐ。
「恐れながら――皇国の絹と同等、いえ、それ以上と見受けられます。魔の森の魔素の影響か、魔力を纏わせることも可能なようで。皇国からの輸入品に比べ、強度・保温性にも優れ、あるいは――魔術付与の媒質となるやもしれません」
「……そう。それで、その馭者は何を要望しているのかしら」
「民衆への販売許可、でございます」
「……民衆に? 贅沢法を骨抜きにしろと……」
王太后はわずかに眉を寄せる。
「いいえ。あくまで――お目こぼしを頂きたく存じます。
御前にて軽くお咎めを賜り、そのうえで孤児院や修道院へ“白無地の奉納品”を下されば……表は節度、裏は恩寵。陛下の徳と実が、同時に立ちましょう」
「お前は……いつから馭者に飼われるようになったのかしら」
冷ややかな問いに、オフィーリアは伏し目がちに口元へ淡い笑みを浮かべた。
「……ひとたび夜を共にすれば、どなた様とて抗い難うございましょう」
(――他の女など増やされては厄介。
せめて、この口実だけは潰しておかねばなりませんわね)
王太后の指先が、扇子の骨をきしりと軋ませた。
一瞬、紅の唇が歪む。
だがすぐに塗り替えられた笑みは、氷のように冷たい。
「お前の主は無能なのかしら? 二十年前、共和国とやらで何が起きたか――知らぬはずはあるまい。
王家は断頭台に送られ、平民に魔導具を握らせ、軍が国を簒奪した。
――歴史に刻まれた、これ以上ないほどの愚行よ」
「存じております」
「知っていてなお、平民に媒質を渡す? それは愚かでは済まぬ。国を揺るがす火種を抱えることになるわ」
オフィーリアは息をひとつ溶かし、淡い響きで応じる。
「もちろんでございます。レーベルク男爵領で生産しております絹も、平民に卸す分は――あくまで皇国から輸入しております品と同等」
伏し目がちに、口元をかすかにほころばせる。
――皇国との絹貿易が王太后の資金源であることを承知のうえでの、あからさまな余裕。
その笑みは、礼を尽くしてなお小馬鹿にしていると受け取られてもおかしくないものだった。
「ただし、魔術の媒質たり得るほどの糸は、まったくの別格にてございます。
それは貴族の御用にこそふさわしい、選ばれし方のための特別の品。――決して市井に流すような真似は致しません」
(……帝国に覇を唱えるおつもりなら、この糸は喉から手が出るほど欲しいはず)
【あとがき】
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