62.王太后との駆け引き ①
ユーリたちが星導教会を訪れているころ、オフィーリアもまた王宮でエリザベート王太后との面会を果たしていた。
通されたのは、王宮の奥――王太后の間。
重厚な扉が背後で閉ざされると、外界の気配は音もなく遮断される。
空気が、ひやりと肌を撫でた。
王太后は、すでに席に腰かけている。
青瑠璃のドレスに身を包み、肘掛けに置かれた指先は白磁のように冷たい。
「……久しいわね、オフィーリア。好き勝手に駆け回る犬を飼うのは大変だと思わないかしら?」
その声音は、まるで試すように冷ややか。
しかしオフィーリアは眉一つ動かさず、裾をすべらせて一歩進む。
静かに王太后の足元へ跪き、背筋を真っ直ぐに保ったまま、頭を垂れる。
声音はやわらか、けれど芯の響きは微塵も揺らがない。
「恐れながら。陛下ほどのご手腕であらせられますれば、どれほど駆ける犬であれ――首輪の鎖ひとつで、たやすくお導きになれましょう」
本来なら客人のために並ぶはずの椅子は、ただ一脚。
その“わざと”の冷遇が、重苦しい威圧となって背にのしかかる。
(はぁ……セリーヌ様の御前なら、温かなお茶と席が整っているものを。やはり……こちらは御心が狭うございますこと)
伏せた睫毛の奥で、オフィーリアの瞳がわずかに冷ややかに笑んだ。
「犬はとても賢い生き物。ですが、もしもそれが猫でございましたら……それもまた、性というものでございましょう?」
「……猫なら可愛げもあるけれど、鹿が馬車をひいたとしたら、それは馬と偽る鹿が悪いのかしら、それとも、それを見抜けぬ馭者が愚かなのかしら? ……どちらにしても、車の中の主にとっては――愉快なものではないわね」
王太后の声は氷のように冷たく、視線は鋭利な刃そのもの。
頭を垂れたオフィーリアは、その刃をまともに受けることなく、伏せた睫毛の奥で静かにやり過ごす。
「その馭者と鹿をお褒めになるのが宜しゅうございましょう。安上がりな鹿に車を引かせる。車の中までは見えませぬし――仮に見えていたとしても、誰もそれを“鹿”とは申しますまい。愚考にてございますが、“見て見ぬふり”こそが、上に座すお方の御分別にございましょう」
ぱちん――乾いた音が、部屋の空気を裂いた。
王太后の扇子が、きっちりと折り畳まれる。
「……言ってくれるわね。わたくしに愚か者になれ、とお前は言うのか」
「いいえ。“愚に見せる”役はレーベルク女男爵。陛下はただ御前にお呼びつけ、軽くお咎めを賜るだけでよろしゅうございます」
「ふぅん。――それで、その主はご機嫌なのかしら?」
王太后は肘掛けに置いた指先で木面をとん、と二度叩き、冷ややかな笑みだけを浮かべた。
「いえ、当座は痩せてございます。織布・縫製を一連で興すべく準備中にて、芽は出ましたが、まだ根が浅うございます。
食料につきましては、討伐許可の範囲で魔の森の治安維持を兼ね、得た肉は塩蔵と燻製にて非常備蓄へ――主食の代替ではございません」
「ふふ、まるで魔族の餌。――元淑妃にはお似合いの粗末ね」
紅の唇に浮かんだ満足げな弧は、まるで蜜を舐める蛇のよう。
王太后の声音には、あからさまな侮蔑と愉悦が混じっていた。
オフィーリアは深く頭を垂れ、まつ毛の影に思案を沈める。
――だが、その胸の内では、ひそやかに笑みが滲んでいた。
(……魔族の餌、ですって? あいにく王都で出回る粗獣とは別物。しかも“旦那様”の調味ひとつで、どんな饗宴にも引けを取らない美味に化けますのに)
(ああ、もし陛下が一口でも召されれば……きっと顔を紅潮なさることでしょうね)
【あとがき】
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