61.再会 ③
「……ユーリ兄さま……」
その一言が、かすかに揺れて――
次の瞬間、彼女の身体が、まるで引き寄せられるように動く。
ぽすん。
控えめな音を立てて、ミュゼリアナがユーリの胸に身を預けた。
胸元のリボンがふわりと揺れて、頬が彼の胸に触れる。
か細い腕が、そっと彼の背にまわされる。
怖がるように、でも、二度と離したくないと願うように――
ミュゼリアナは、しっかりと抱きついていた。
神官服の薄布越しに感じる体温と、涙のぬくもり。
細くて華奢だった少女の体は、
今は柔らかく、ふくらみと熱をまとった“女”のものだった。
だけど、その震えは――昔と、何ひとつ変わらない。
「……ミュゼ。……会いたかったよ」
その声が、耳の奥でやさしく響く。
次の瞬間、ミュゼリアナの胸の奥で――何かが決壊した。
* * *
ずっと、ずっと、会えると信じていた。
その想いだけが、私を支えてくれた。
けれど、何度も心が折れそうになった。
会えるなんて、もう無理かもしれないと、祈るたびに思っていた。
(……でも……本当に……お兄さま……)
この温もりが、嘘じゃないと信じたくて、
腕に力を込めた。ほんの少しだけ、ぎゅっと。
涙がとまらない。
でも今だけは、泣いても許される気がした。
(……ようやく……会えた……)
「あら、もしかして……ユーリ様ですか?」
背後から、落ち着いた声が届いた。
ミュゼリアナはほんの少しだけ、抱きしめる腕を緩める。
振り返らずとも、すぐにわかる。
その穏やかな声音――神官服をまとったクラリスだ。
ミュゼリアナは、名残惜しそうにユーリの胸元に頬を寄せたまま、ゆっくりと顔を上げた。
「お久しぶりですね。まさかここで再会できるとは思っておりませんでしたわ」
クラリスは、ふたりの姿を見ても眉ひとつ動かさず、そっと微笑んだ。
その眼差しには、過ぎた日々を思うやさしさと――見守るような光がにじんでいた。
「少し、お話してきては? ちょうど、礼拝堂の裏庭が空いておりますから……」
優しくそう言って、クラリスは静かに庭の方を指し示す。
「……よろしいのですか?」
ミュゼリアナが、ためらいがちに問いかける。
「久しぶりなんですもの、少しお二人で」
その言葉に、ミュゼリアナは一瞬だけユーリを見上げる。
胸に寄せた頬をそっと離し、名残を残しながらも、静かにクラリスへ頭を下げた。
「……ありがとうございます」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
それでも、胸の奥に溜まっていたものが、ようやく少しだけ溶けていくのを感じていた。
涙は止まらないけれど――それでも、今のミュゼリアナは、たしかに笑っていた。
その背後から、いつの間にか一人の女性が静かに歩み寄ってくる。
背筋のすらりとした佇まい、ほのかに漂う香。
上品さの中に、艶をにじませて――その眼差しは、やわらかな微笑を湛えていた。
「それでは、わたくしは先に館の方へ戻っておりますわね」
鈴のような透き通るような声。
「えぇ、ありがとう。こちらは……大丈夫です」
ユーリもまた、穏やかな笑みを返していた。
その表情を見た瞬間――
胸の奥で、ちくりと、何かが刺さる。
(お兄さま……?)
胸の奥が、きゅう、と痛んだ。
優しいのは知っている。
誰にでも、分け隔てなく手を差し伸べる人だって、わかってる。
――でも。
今だけは、その笑顔を、自分だけに向けてほしかった。
(お兄さまは……もう、セリーヌ様の旦那様で……
それに、たくさんの女性たちに囲まれていて……)
心の中を黒いモヤが蠢く。
すぐそばにいるのに。
ようやく、ようやく会えたというのに――
どうして、こんなにも胸が、苦しいの……。
「……ミュゼ」
ふっと、優しい声が落ちてきた。
「……せっかくだし、行こうか。クラリスさんが教えてくれた裏庭……静かで話しやすそうだし」
その声音は、昔と変わらない――心の奥にすっと入り込んでくる温もりを帯びていた。
胸を締めつける想いと切なさが重なり、言葉がうまく出てこない。
ただ、俯いたまま必死に呼吸を整え――
「……はい」
ようやく絞り出した声は、かすかに震えていた。
歩き出した彼の背に、自然と視線が吸い寄せられる。
その歩幅は、自分に合わせるようにゆっくりと――
まるで昔と同じように、取り残さないようにと気遣ってくれているかのようで。
【あとがき】
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