61.再会 ①
翌日。
王都オルタニアにある星導教会・王都大聖堂。
奥まった応接室の重厚な扉を静かに閉じ、ユーリは小さく息を吐いた。
肩の力を抜いて一歩踏み出すと――
差し込む陽光に目を細め、その場で軽く背伸びをする。
「……ふぅー。やっと終わった……」
軋む首筋と背中が、じわじわとほぐれていく。
どの世界でも、どの時代でも――交渉というものは実に骨が折れる。
建前を本音の上に巧みに立てる、繊細なバランスゲーム。
たとえ商品として魅力的であっても……
“絹の下着の販売許可”ともなれば、宗教的な是非だけでなく、貴族の特権にも深く関わる。
ゆえに、なおさら厄介だ。
「お疲れ様です、ユーリ様。……あの神殿長様、最後はしぶしぶでしたけれど、ちゃんと許可をくださって、よろしゅうございましたね」
すぐ隣を歩くアリシア・バルティーニが、控えめに微笑む。
「いやぁ、本当に助かりましたよ。あの神殿長殿がアムール・パヴィヨンのお得意様でなかったら、どうなってたか……」
ユーリは歩調を緩めながら、ちらりと彼女に視線を向ける。
艶のあるラズベリー色の髪が、朝の陽光を受けてきらきらと輝いていた。
(……ほんと、ルクレティアさん譲りの美貌だよなぁ)
母も絶世の美女だったが、その娘アリシアもまた――
ひと目で視線を奪うほど、整った顔立ちと上品な雰囲気を兼ね備えている。
それでいて、立ち居振る舞いはあくまで慎ましく、どこか“自然”を感じさせるような落ち着きがある。
(そっか……他の貴婦人たちと違って、ほとんど化粧っ気がないんだ……それなのに、この美しさって……)
「どうかなさいましたか?」
アリシアが穏やかに微笑みながら、少しだけ首をかしげる。
「え、いや、あの……昨日の件、本当に助かりました。アリシアさんにも感謝してます」
大王太后陛下との密会に始まり、エルディアとルウティアの挨拶、そして食事会まで――
バルティーニ親子には、終始お世話になりっぱなしだった。
「せっかく、我が館の“もっとも深く甘い悦び”を……心ゆくまで味わっていただきたかったのですが――」
微笑みの奥に、どこか含みを忍ばせながら、アリシアは静かに首を傾げる。
「昨日は、ずいぶんとお楽しみだったようで……なによりです」
「えっ……そ、そんなに声……漏れてました?」
ユーリは思わず言葉を詰まらせ、視線を逸らす。
「あんな情熱的で、刺激的なお声……初めて耳にしました。
本来、この部屋は外に音が漏れぬよう、壁も扉も特別な造りになっておりますのに……
――それだけ素晴らしい夜だったのでしょう。……羨ましい限りです」
その微笑に、ふと昨夜の記憶が滲み出す。
白いシーツに沈んだオフィーリアの肢体は、汗の名残にかすかに光を帯びていた。
頬に貼りついた髪が呼吸に合わせて揺れ、胸元の布は乱れたまま。
枕元には、彼女の瞳と同じアメジスト色の下着が無造作に転がり、
甘い香りがまだ空気に溶けていた。
呼吸はようやく落ち着きを取り戻した頃だろう。
蕩けるような余韻と熱の名残は頬にほのかに残り、その表情には久しぶりの夜に満たされた幸福の色が滲んでいた。
――水でも飲もうと水差しに手を伸ばしかけたとき、ふと視界に入る一通の封書。
(……これ、王太后陛下への報告書?)
ちょっとだけ、と思いながら封に指をかける。
***********
星の導きにおいて敬愛すべき主君、エリザベート王太后陛下へ。
主に在りてご安寧とご繁栄をお祈り申し上げます。
卑女オフィーリア・フォン・シュトラウスより、謹んでご挨拶申し上げます。
昨夜、レーベルク男爵夫ユーリ様の慈愛のもと、静穏なる夜をともにいたしました。
月光の照らす寝所にて、節度と敬虔のうちに互いの結びを深め、まことに尊い「心通うひととき」を賜りました。
これ偏に、かかる良縁をお導きくださった陛下の高配の賜と存じ、衷心より感謝申し上げます。
主の御名において、陛下のご健勝と長久の栄を日々お祈りいたします。
王都オルタニアにて記す。
卑女にして忠実なるしもべ
オフィーリア・フォン・シュトラウス 自筆
追記:
その後の様子につきましては、陛下のご下問あらば、別途つまびらかにご報告仕ります。
ただし御身の安寧を思い、ここでは筆を控えます。
【あとがき】
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