60.大王太后陛下ヴィクトリアとの密会 ⑦
すぐ隣で、ルクレティアが目を細めた。
「……それ、何かの見本かしら?」
「はい。“新素材下着”の試作品です」
ユーリの答えに、ガストンの首がわずかにぐらついた。
(はいィ!? 試作品!? 下着!? しかも“新素材”!?)
心の中で帳簿が燃える音がした。
「え……これが下着?」
ぽつりと、ルクレティアの声が漏れた瞬間――
オフィーリアが、静かに微笑みながら言葉を添えた。
「ええ。正確には、レーベルク男爵領で開発中の“絹製ランジェリー”でございますわ。
旦那様がご監修されておりますの」
(監修!? 女性ものの下着を!? この若造が!?)
(なんじゃその肩書きッ! 女男爵夫・華楼小領公・ドラゴンスレイヤー・そして……“パンツ監修責任者”だと!?)
唸る寸前のガストンをよそに、オフィーリアが続ける。
「こちらがパンティ。お股に履くドロワーズのようなもので、
こちらがブラザー。お胸を豊かに支える、簡易なコルセットのようなものですわ」
(ぶっ……ブラザー!?)
(なんで“兄弟”みたいな響きなんじゃ!! 聞いてるだけで混乱するわい!)
(しかも今、その“兄弟パンツセット”が机の上でお行儀よく並べられとる……!)
ガストンは思わず胃のあたりを押さえた。
そこへ、まさかの追い打ちが入る。
「リア、ブラザーじゃないよ。それだと、兄弟になるじゃん。”ジャー”、ブラジャーだよ」
さらりと、悪びれもなくユーリが訂正する。
(そういう問題じゃなああああい!!)
(“兄弟”かどうかなんぞ、どうでもええんじゃ!! 儂の心臓がもたんのだ!!)
「これを平民にも販売したいのです。みんなにも試着してもらっていてすごく好評で、
可愛いから、きっと女神もお目こぼししてくれると思うんですよ」
(まさか……!)
(まさか、“下着が可愛いから”という理由で、贅沢禁止法を突破するつもりかこの若造!!)
「……確かに、可愛いですわね」
静かに、ヴィクトリア大王太后陛下が言った。
まじまじと、レースの縁取りを見つめながら、
まるで芸術品を鑑賞するかのように、慎重に指先で縫い目をなぞる。
その隣では、ルクレティアが膝を組み直しながら、興味深そうにブラジャーを手に取る。
「可愛いだけじゃない……この造り、相当しっかりしているわ。
バストの下側が二重になっていて、支えるように裁縫されてる。重ね着でも形が崩れないわけね」
ルクレティアの問いに、オフィーリアは静かにうなずいた。
指先で軽くブラジャーの縁をなぞるように触れ、その手つきには、品のある慎重さと――実感がこもっている。
「はい。布地はシルクに、少量の特殊な魔獣の繊維を混ぜたものでして……」
言いながら、オフィーリアはほんの少し笑みを浮かべる。
「身体の熱で自然に馴染み、体温や汗によって“着る人に合わせて伸縮”いたします」
その声音には、どこか“誇らしさ”が滲んでいた。
自らも何度も袖を通した者だからこそ語れる、確かな手応え。
「締めつけ感はなく、それでいて“支えられている”という安心感がありますわ」
そう語る口元は、落ち着いていて――けれど、どこか柔らかい。
「立ち上がったり、腰を下ろしたり、日常動作でもズレにくく、
長時間着用しても痒くならないよう、裏地の縫製も工夫されておりますの」
そして、すっと視線を布に落とし、少しだけ目を細める。
「……わたくしも、何度か着用しておりますが――」
一瞬、言葉を切り、思い出すように瞼を伏せる。
「“身にまとう幸せ”とは、まさにこのこと……そう思えるほどに、心地よいのです」
(……わ、儂はいったい何を聞かされておるのじゃ?)
(パンティの装着感じゃよな、今の全部……! それをあの麗人が、まるで香水の品評みたいに――)
(しかも、なんでこの若造は、こんなにニコニコしとるんだ!!)
(どんだけ鋼の心をもっておるんだ、この男……! 恥じらいのカケラもないんか!?)
「……着たくなるわね」
ルクレティアが、さらりとした声で呟く。
けれど、その言葉に込められた真剣さは、冗談や社交辞令ではなかった。
膝を組み直し、レースに包まれた薄布を指で持ち上げる。
光の加減で透ける生地の向こう、まぶたを伏せたルクレティアの横顔は、妙に艶やかだった。
「これなら、確かに……自分のために纏いたくなるわ。
誰かに見せるためじゃなくて、自分の気持ちが整うというか……そういう“下着”ね」
【あとがき】
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