60.大王太后陛下ヴィクトリアとの密会 ⑥
「運転資金の確保として、二つほどガストンさんに協力していただきたいのです」
ユーリが、静かにガストンの方を向く。
(ぬぅっ!? いきなり“協力”と来たか!?)
ガストンは、ピクリと肩を揺らしながらも、表情は変えない。
だが内心では、船の舵をぐるぐる回していた。
(よし儂、落ち着け。今さら引く気はないが、聞く前から利回りを弾くな)
(まずは冷静に、内容を――)
ガストンは一瞬だけ視線を伏せ、そして静かに覚悟を決める。
(いいだろう。どんな玉手箱でも――商人はまず、蓋を開けてから笑うもんよ)
「……ふむ、内容によりますが、耳は傾けさせていただきましょうか」
にこりと笑って、湯気の立つカップに口をつけた――
その直後だった。
「では、まずはこちらを」
次の瞬間――空間がふわりと揺らぎ、ユーリはその中に手を差し入れ、何かを取り出した。
――ゴトン。
机の上に置かれたのは、黒曜石のように艶めく巨大な鱗と爪。
そして、鋭く湾曲した白銀の牙。
「これは、ドランヴェルクさん――黒竜の素材です」
その瞬間だった。
――ブフォッ!!
ガストンの口から、盛大に紅茶が噴き出された。
びしゃっ、と飛沫は美しい弧を描き――
見事、ユーリの顔面に直撃する。
「……あっ、ご、ごめんっ……けほっ、げほっ……!」
咳き込みながら、慌ててハンカチを探すガストン。
その間に――スッと動いたのは、先ほどまで大王太后陛下の給仕をしていたアイナだった。
「まぁ……旦那様は、“ぶっかける”だけでなく……」
一拍の間を置いて、うっとりと囁いた。
「“ぶっかけられる”のも、お好きだったのですね」
(……な、なにを言っておるんじゃこの娘はァ!?)
ガストンが盛大にむせている間に、アイナはごく自然な手つきでユーリの頬をハンカチでぬぐう。
その布から、かすかに甘い香りが漂い――
「アイナ、それって……さっき、バナナ拭いてなかった?」
すかさずルクレティアが冷静にツッコミを入れると、アイナはぴたりと動きを止める。
「あぁ……そうでしたね。確かに退治しました。
ルクレティア様に迫っていた、あの下等生物……ええ、“ゴミムシ”を」
アイナはうっとりとした表情で、ハンカチをふわりと翻す。
「ちょうど近くに、バナナが一本ございましたので――つい」
(つい!? おい待て……まさか……さっきオスカー卿の口の周りについてた“アレ”じゃあるまいな!?)
(だとしたら――そのバナナ、今こうして旦那様の顔を拭いておるやつじゃぞ!?)
(うぅっ……胃が痛い……誰か儂に胃薬を持ってこい……!)
ガストンは思わず額を押さえた。
紅茶の刺激が逆流する気配すらあった。
「もう、そんな変なので拭かないでよね」
ユーリはそう言うと、また異空間から何かを取り出し、自分の顔を拭き始めた。
ふわりと揺れるそれは、淡い黄色のレースが縁取られた――
まるで、ひらひらの装飾がついた薄布。
(……いや待て、それ、本当にハンカチか?)
ガストンが目を見開いた、その瞬間。
「貴方様、それで拭いてはダメな奴じゃありませんの」
静かに寄り添ったオフィーリアが、別の布を取り出し、ユーリの頬をそっと拭う。
あくまで穏やかに、優しく、しかし確かな手つきで。
ユーリはぽかんとしながら手元を見つめた。
「えっ……あ、これ、すみません。もう一つ相談したい“モノ”の方を、間違って出しちゃいました。
新しいの、出し直しますね」
ぴょこんと布を異空間に戻すと、ユーリは再び手を差し入れた。
そして――慎重な手つきで、今度はふたつの布を取り出す。
ふわり。
淡いピンク色のレースがふんだんにあしらわれた、薄布が二枚。
ひとつは、ひらりとカーブを描く三角形。
もうひとつは、胸元を包み込むようなカップ形状のそれ。
……それらを、何のためらいもなく、机の上に並べた。
(……ん? 布……だな?)
ガストンは一瞬、思考が止まった。
(いや、布……というか、なんというか……妙に曲線が……?)
【あとがき】
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