60.大王太后陛下ヴィクトリアとの密会 ⑤
その言葉に――ガストンは、静かに心の中で呟いた。
(そうじゃ……物流の拠点、資源の供給地、そして――交易の通り道)
(……ふむ、王都の物流網が根っこからひっくり返るぞ)
(いや、下手をすれば――“首都の商権”すら塗り替えかねん……!)
思わず、脳内で帳簿がぱたぱたと音を立てて開かれる。
(交易品の利幅、関税調整、保険の切替、船団の再編成……ぬぅっ、これは……!)
(くっくっく……とんでもない若造を相手にしておるわい)
(……が、ちと待て)
そこで、ガストンはわずかに眉をひそめた。
(水路だ、航路だと話しておったが――あの川、普段は水かさが心もとないじゃろうが)
(川を掘っても、水がなけりゃ船は動かん。舟運は“水”あっての話じゃ)
(雪解けや雨期だけに頼るのか? 乾季はどうするつもりだ? まさか、雨乞いでもするのか?)
ちら、と横目でユーリを見る。
いつものように穏やかな笑みを浮かべているが……その顔に、“確信”らしきものは見えない。
(……いや、どうなんだ。考えておるのか? まさか、ノリと勢いで――なんてことはないだろうな?)
気づけば、ガストンの口が勝手に動いていた。
「あの……水の量は、どうするのですか?」
情けない。商会会頭の威厳も何もない、控えめな声だった。
――が、黙っておれんかった。
言質は、早めに取っておくに限る。
すると、ユーリは――
「……あっ」
ぽん、と手のひらを打つ。
「そっか、水か。確かに、川底掘るだけじゃ、水かさは増えませんよね……」
(――あっけらかん!?)
その反応に、ヴィクトリアが口元を押さえて笑った。
(ちょ、おい!? 今、気づいたのか!?)
(儂、さっきまで脳内で関税と海路再編まで見えてたぞ!?)
だが次の瞬間、ユーリは真面目な顔で、すっと視線を上げて言った。
「じゃあ、途中にいくつか“ダム”を作りましょうか。
水が足りなくなったら、アララトス山脈の氷を……竜族の皆さんに、運んでもらうかたちで」
(……いや、待て待て待て待て!!)
(今すっごい普通の顔で言ったけど、それ“ドラゴンに氷を運ばせる”ってことだよな!?)
(空飛ぶ物流!? いや、“嫁の実家を氷屋扱い”しとるじゃろうがぁぁ!!)
ガストンの脳内で、氷を抱えた巨大な竜たちが列をなして空を往復する。
その姿は、雄々しいどころか――もはや、貨物便だ。
(……物流の未来とか言う前に、竜族のプライドが心配になるわ!!)
(いいのか!? 本当にいいのか、それで!!)
その瞬間、ソファの向かい側で、カチャ、と音がした。
オフィーリアがティースプーンをぽろりと落とし、
ルクレティアは、口を半開きにしたまま固まっていた。
(……そう! そういう顔になりますよね!?)
(良かった、オフィーリア様もバルティーニ夫人も常識人で……!)
(……って、冷静に考えろ儂。今さら何を期待しておる。常識なんぞ、この場にあるはずがない)
ガストンは心の中で深くうなずく。
だが、その隣で――
「ふふっ」
ヴィクトリアが、実に楽しげに紅茶を啜った。
「やはり、竜の上に立つ方は……面白い発想をなさるのね」
どこか愉快そうに、唇の端をほんのわずかに上げて微笑む。
(いや、“面白い”で片づけちゃうのか!? 大王太后陛下……!!)
「でも――自由都市同盟との交易を始めるには、そうとうな運転資金が必要ではないかしら?」
「そうですね」
「ふふ、次はどんなびっくり箱が開くのかしら?」
(……びっくり箱? 氷を運ぶドラゴンが出てきた時点で、もう箱はパンドラですわ)
(これ以上、心臓に負担をかけたくないのだが……!)
思わず、紅茶をひと口飲んで――喉が鳴るのを、こっそり咳払いでごまかす。
「いえいえ、ビックリと言うほどは」
いつも通りの穏やかな声。だが、それが逆に怖い。
(資源、資源と言っておったな……)
(まさか、魔の森でドラゴンに“狩り”をさせる気ではあるまいな……?)
(魔獣の討伐、素材の回収、流通の確保……すべて嫁の実家で自給自足!?)
――そして次の瞬間、来た。
【あとがき】
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