36.レーベルク男爵領改革会議④
「ところでさ。町の人たちって……小麦を持ち込んでパンを焼いてもらうんだよね?」
確認するような問いかけに、リーゼロッテは静かに頷いた。
「はい。各家庭で挽いた粉を、共同の窯に持ち込むのが一般的ですわ。
その際、焼成料として“パン焼き税”が課されることもございますの」
すると、リリアーナがそっと手を重ねるようにして言葉を継いだ。
「それに……小麦を挽く際には、“粉ひき税”もございます。
ですから、村の方々はパンを一つ焼くにも、
実はそれなりの税をお支払いになっているのです」
その声は穏やかでありながら、どこか“本当にそれでよいのか”と問いかけるような余韻を残していた。
ユーリは小さくため息をつき、悩むように眉を寄せた。
「……財政がもう少し安定すれば、そのへんも順に見直せるだろうけど……今は、やるべきことの優先順位だよな」
ぽつりとこぼしてから、ふと顔を上げる。
何かを思いついたように指を立て、声に軽さが戻る。
「たとえばさ――日常用のパンは、パサージュの店頭で焼くようにして、
贅沢なパンは“肉匠館”みたいに、中央の施設でまとめて作るっていうのはどうかな?」
ユーリの膝に頭を預けたままのオフィーリアが、きらきらと瞳を輝かせながら顔を上げる。
アメジストのような目が、すぐ間近でこちらを見上げてきた。
「贅沢パンとは……アンパンやカレーパンのような、具入りのパンのことですの?」
期待と興味がたっぷり詰まったその声に、ユーリは一瞬たじろぎつつも、思わず頷く。
「そうそう。まだパン職人や餡子やカレーの生産もこれからだからさ、それを店頭でやるのは無理だし、贅沢パンを注文している間に空いた時間で他の店舗を見て回ってもらえれば、集客と時間の効率の両方を実現できるんじゃないかって」
「窯のあるお店で日常パン、最高級は中央で一括焼成……ふふ、実に現実的ですわね」
セリーヌは楽しげに微笑みながら、顎に指を当てる。
「でも、それですと……いつ焼き上がるのか分からないのではなくて?」
首を傾げつつ、少し意地悪そうな目線でユーリを見やる。
「パンを買いに来て、両手がふさがってしまうのは……
奥様方にとっては、けっこうなストレスですのよ?」
セリーヌは軽く肩をすくめながら、どこか艶を含んだ声音で添える。
「そこなんだけど――配達サービス、導入しようと思ってるんだ。子供たちを雇って、後宮の使い走りみたいな雑用係にしてさ。荷物運びとか任せれば、彼らにも仕事ができるし」
「ふふっ、でも途中でつまみ食いされて、パンが消えてそうですわね」
オフィーリアが小さく吹き出す。
「い、いやいやいや! ちゃんと教育するし、ちゃんと報酬払うし! そしたらきっと……たぶん……ほぼ大丈夫なはず……」
どんどんトーンが下がっていくユーリの言葉に、空気が一気に和んだ。
「ふふふ、なんだかもう、旦那様の“たぶん”って聞くたびに、不安でハラハラしますわ」
「でも、それがまた魅力なんですよね。こう……時々しか倒れない椅子みたいな」
「やめて!? そんなガタガタの椅子扱いしないで!? 俺、そんなに信用ないの!?」
ユーリの抗議に、全員がくすくすと笑い声を上げる。
「ふふ、大丈夫ですわ。そんな訳ありませんもの」
セリーヌが静かに微笑み、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「私たちは、あなたの妻なのです。夫を信頼しない妻など、どこにおりますか?」
(えっ、ナニコレ……めっちゃキュンキュンするんですけど……)
「それでは、これからどうなさいますか?」
リーゼロッテが尋ねると、オフィーリアが小さく肩を揺らし、艶めいた笑みを浮かべた。
「ふふ……どうするも何も、することは決まっておりますわよ」
そう言って、膝の上にそっと顔を寄せた彼女が、顎へ、頬へ、唇へと指先をなぞらせていく。
「もう……ここが、こんなに熱くなっていらっしゃるのに」
濡れた声で囁かれ、ユーリの思考がまたしても音を立てて崩れかける。
「あ、あの、私もですか? できれば、初めては一人だと嬉しいのですが……」
控えめな声で自己主張するリリアーナ。
(ひ、一人!? は、鼻血……大丈夫かな……)
「そうね、リリアーナは今度、夜に旦那様の部屋へ忍び込むということで、今日は、私たちだけで盛り上がりましょうか」
セリーヌがユーリの耳もとに息を優しく吹きかけながら囁きかける。
「……はぁ。明日は、隣の村へ視察に伺う予定なのですけれど……」
リーゼロッテがため息混じりに呟いた。
「リーゼ、大丈夫よ。まだ夜は始まったばかりでしょう?」
セリーヌがくすりと笑みを浮かべながら、そっとユーリの首筋に唇を寄せる。
その仕草はキスというより、何か儀式のように甘美で優雅だった。
「ちょっ、ちょっとちょっと!? な、なに始めちゃってるんですか!? 議事録、まだまとめてませんよ!?」
フィオナが焦りながら声を上げるが、テーブルの上で香箱座りをしていたコクヨウが、半目で現実を突きつける。
「フィオナ……もう諦めるニャ。資料なんて誰も見てないニャ」
「そ、そうですか……じゃあ、私も行こうかな……」
アメリアが恥ずかしそうに髪を指でいじりながら、小声で呟いた。
「わ、私も……旦那様のお役に立ちたいですっ!」
リリィも慌てるように声を上げる。
「まったくもう……皆さん本当に自由なんですから……」
アイナが呆れたように肩をすくめながらも、小さく微笑んで付け加えた。
「……でも、私も順番は譲りませんからね?」
「えっ、あの、ちょっと待って……!? みんな落ち着いて! 会議、まだ終わってないから! 僕の報告があるんだから!」
焦りながらも頬が赤らんでしまっていることに気づき、ユーリは必死で訴える。
「ええ、存じていますわ」
セリーヌがくすりと微笑みを返すと、リーゼロッテも頷きながら後を引き継ぐ。
「続きは……ベッドの上でじっくりと伺いますから」
「あっ、はい……えっと、よ、よろしくお願いします……?」
動揺のあまりつい敬語で返してしまい、ユーリは慌てて口を閉じた。
「あの、一つ……いえ二つ、よろしいでしょうか?」
そこに、おずおずと手を挙げたのはリリアーナだった。
「あら、やっぱり加わりたくなったのかしら?」
セリーヌが優しく微笑んで続きを促すと、リリアーナは控えめに首を振り、
そっとプロジェクターを指し示した。
「税制改革や産業育成、商店発展も良いのですが、それよりもまずは、
魔獣退治と財政改革を優先した方がよろしいのでは?」
プロジェクターには、『魔獣被害:15件、盗賊被害:7件、
今月の財政支出:▲95クラウン金貨』という数字がはっきりと映し出されていた。
会議室の空気が、ふっと静まった。
プロジェクターに映し出された数字は、どれも現実であり、重くのしかかる現状だ。
(魔獣被害15件、盗賊7件……財政赤字95クラウン。……ヤバい、すっかり見落としてた……)
ユーリは内心で息をつき、気づかせてくれたリリアーナへ感謝する。
「リーナ、教えてくれてありがとう。確かにそっちの方が優先度が高いよね……僕もまだまだだね」
そういうと、リリアーナが首を横に振る。
「ユーリ様を信頼するのはもちろんですが、盲目ではありませんわ。私たちが、あなた様を支えること、それも妻の役目ですわ」
その言葉にユーリは、ゆっくりと視線を巡らせる。
そこに居たのは、彼を信じてくれる、彼を慕ってくれる、かけがえのない“妻たち”。
「……そうだね。ありがとう」
一呼吸置き、ユーリはゆっくり立ち上がる。
振り返ると、皆を見渡し、肩の力を軽く抜いた。
「まずは魔獣と財政、これ片付けようか」
凛とした声が部屋を引き締めた────が、
(なんか、恥ずかしいよな――)
「ちゃんとやるよ。……そのかわり、終わったら――」
ふと、ユーリの視線が、セリーヌからオフィーリア、リーゼロッテ、そしてリリアーナへとゆっくり流れる。
そして、その後ろにならぶ、フィオナ、リリィ、アメリア、アイナ――。
ここには居ない、クロエ、ロザリー、エリゼ、エレナに思いを馳せて。
「……その時は、ちょっとくらいご褒美、もらってもいいよね?」
言った自分が照れくさくなって、ついそっぽを向いてしまう。
(……言っちゃった。頼む、ドン引きだけはしないでくれ――)
「何をおっしゃいますの。ご褒美を差し上げるのは、もちろんですけれど──」
セリーヌはふわりと笑い、そっとユーリの手に指を絡めた。
「……今日は私たちの番。旦那様からの“ご褒美”も……しっかり払っていただきますわ」
【あとがき】
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