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旦那様のお仕事はハーレムです~商人チートで最強領地~  作者: 葛餅もずく


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36.レーベルク男爵領改革会議③

 ぐらつきかけた理性を何とか引き戻し、ユーリは一度深く息を吐く。


(進捗会議。これは会議だ。会議してる。会議です……)


「ぱ、パサージュ、もうちょっと賑やかになると思ったんだけどなぁ……」


 ユーリは肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。

 自分でも焦点の定まらないぼやきだとは思う。

 けれど、壁に映し出されたプロジェクターのグラフを見ていると――

 言いたくもなる。


 パサージュには、すでにいくつもの店舗が軒を連ねていた。

 食料品店をはじめ、ルナ=ノワール商会の本店として立ち上げられた雑貨店に、仕立屋の看板も掲げられている。

 さらに、サント=エルモ商会の小売店に革細工工房、ロクロ工房と、職人たちの技が活きる店舗が並び、

 その一角には、村人たちが自由に出店できる露店スペースも設けられていた。


 見た目だけなら、立派な商業区。

 けれど──実際に“ちゃんと”営業している店となると、思いのほか少ない。


 たとえば、総合食料品店。

 棚には、近隣の農家から卸された野菜や小麦、猟師たちが持ち込む地場の肉が所狭しと並び、日々の暮らしを支えている。

 中でも肉類は、館内の「肉匠館」で解体・加工された品が中心だ。

 里村で育てた家畜の新鮮な肉と、村で仕込まれた熟成肉――どちらも、確かな味と評判になりつつある。


 さらに、ごく一部には──


(魔獣も、僕が自分で降ろしてるしな……)


 冒険者がほとんどいないこの領では、素材の確保も一苦労。

 結局、領主――というか後宮ハーレム主の自分が、戦って狩って運んで捌くという、どう見ても人手が足りてない構図。

 ……にもかかわらず、それが今や「パサージュ名物」として扱われているあたり、ちょっと笑えない。


 サント=エルモ商会の小売店は、まだ健闘している方だった。

 他領から仕入れた日用品に加え、村人たちが納品した手工芸品も整然と並び、品質や見栄えには確かに気が配られている。

 いわば「選ばれし村の名品」が揃った、パサージュの信頼と安定の象徴だ。


 だがその一方で、後宮ハーレム直営――ルナ=ノワール商会の本店となる雑貨店は、いまだ“準備中”の札がぶら下がったまま。

 立派な看板と飾りつけとは裏腹に、店内には人気もなく、棚すら整っていない。


 仕立屋も、開店の気配はなかった。

 設備も人手も足りず、稼働の目処すら立っていない。


 館内には、地元ギルド長のライヒバッハが率いる仕立工房と、リリアーナと共にイシュリアスから逃れてきた貴族仕立ての職人たち――

 ふたつの技術系統が共存しているはずだった。だが、現実にはその“共存”がまったく機能していない。


 ライヒバッハ側は、かつて冒険者たちのために布製の軽装や外套、防寒具を仕立てていた実直な職人集団。

 一方、イシュリアス側の職人たちは、上質な絹を使った礼装や式典ドレスを専門としており、技術も気質もまるで違っていた。


 両者のあいだに明確な優劣があるわけではない。

 だが、仕立ての考え方も、生地の扱いも、裁断の基準も、あまりにかけ離れていた。


 布を張っただけの仮設窓から覗けば、埃をかぶった作業机と、壁にかけられた古びた型紙。

 それはライヒバッハたちが残したものであり、そのすぐ隣には、光沢ある絹地のロールと繊細な仮縫いドレスのトルソーがぽつんと置かれていた。

 それぞれが自分のやり方に固執し、距離を縮められないまま、ただ空間だけを共有している――そんな空気が、静かに漂っていた。


 そして露店。

 村人たちが思い思いに出店した刺繍小物や焼き菓子が日替わりで並ぶが、商品に統一感はなく、集客力もまばら。

 ふらっと歩いても、誰もいない日がざらにあるのが現実だった。


(……ルナ=ノワールのブランドを作りたかったけど、商品がまだ作れてないから仕方ないけど……)


 期待を込めて整備した商業区――その通りに吹く風は、思ったよりも静かだった。


 膝の上で頭を預けたままのオフィーリアが、ユーリの膝に頬を寄せながら髪を指で梳いた。

 その仕草はどこまでも優雅で――しかし、言葉は容赦なかった。


「……ふふ、見た目だけは整っていても、中身はまだまだですわね。

 “飾り棚に品物が並んでいない”のは、後宮ハーレムの売り場としては致命的ですもの」


 少し悪戯っぽく微笑んでから、オフィーリアは淡々と続ける。


「問題は三つ。まず、出店はしていても営業できていない――これは人材不足と設備未整備が原因ですわ。

 次に、仕立屋のような機能分裂。技術があっても協調性がなければ、商売は回りません。

 そして最後に――そもそも、村の方々が“毎日立ち寄る理由”がございませんのよ」


 言いながら、彼女はユーリの膝にすり寄るようにして甘える。

 そこで一拍置いて、少しだけ声のトーンを落とす。


「けれど、一番の根は――識字率ですわ。

 張り紙も読めず、納品書もつけられない。

 “仕入れ”や“帳簿”という言葉が通じるのは、村の中でも一握り……これでは、商いなど夢のまた夢ですもの」


「識字率の低さは、確かに大きな問題だね……。どう改善するかは考えなきゃいけないけど――」


 ユーリは少しだけ息を吐いて、プロジェクターに映るグラフへと視線を戻す。


「毎日立ち寄る理由がない、ってのも……本当、痛いところだよな……」


 ぽつりと漏らしたその言葉に、ひざ元から静かな声が返ってくる。


「……毎日、と言われますと……」


 リーゼロッテはそっと人差し指を口元に添え、考えるように視線を落とした。


「せいぜい……パンを焼きに行くくらいでしょうか」


(パン……あれ?)


 その言葉に引っかかるものを感じて、ユーリは一瞬思考を巻き戻す。

 そして、ふと気づいたように呟いた。


「……あ、そうか。キーテナント、忘れてた……」


 その小さな声に、場にいた四人の視線が一斉に集まった。


「キーテナント……?」


 リリアーナが不思議そうに首をかしげる。

 ユーリは軽く頷きながら説明を続けた。


「うん、人を呼び込むための“中核になる店”のことだよ。

 例えば、パン屋とか薬屋とか。そこを目当てに人が集まって、他の店にも流れていくって仕組みなんだ」


「本当なら……私たちが、その“核”になっているはずだったのに。

 今のままでは、“後宮ハーレムブランド”など、看板倒れもいいところですわね……」


 ぽつりと零れた言葉は、静かに空気を震わせた。

 けれどその声音には、責任を感じる者だけが抱く、ほんの少しの悔しさが滲んでいた。


 ユーリは、そんなオフィーリアの髪にそっと手を伸ばす。

 膝の上で身を寄せる彼女の頭を、優しく撫でながら言葉を返した。


「大丈夫だよ。ルナ=ノワールは、まだこれからだろ?

 リーゼロッテが絹糸を頑張って育ててくれてるし……商品が揃えば、ちゃんと“本物の看板”になる。

 だから――もうちょっとだけ、待ってあげてよ」


 その言葉に、オフィーリアはふと目を伏せた。

 けれど、撫でられる感触に抗うことなく、微かに肩を寄せてくる。


「……仕方ありませんわね。

 旦那様が、そこまで仰るのなら――気長に待つことにいたしますわ」


 そんなやりとりを交わしながら、ユーリはふと視線を上げる。


【あとがき】

読んでいただきありがとうございます!


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