36.レーベルク男爵領改革会議②
「せ、セリア、税制改革とギルドの進捗、お願いできる?」
呼びかけると、すぐに隣から柔らかな重みがかかった。
セリーヌが、何のためらいもなく肩にもたれかかってくる。
「……そうですわね。正直に申し上げて、思ったほど順調とは言えませんの」
セリーヌの肩がこちらに傾いたまま、冷静な声が耳元で落ちる。
その距離はあたたかいのに、言葉はひやりと肌を撫でた。
思わず、背筋が伸びる。
「貯蔵倉庫の整備も、五つの村のうち一つしか完成しておりませんし……
農業ギルドについては、ヴォルフの協力でお肉の配給こそ安定してきましたけれど……それ以外の課題は、まだまだ山積みでございますわ」
セリーヌは、ほんのわずかに声を落としてそう告げた。
「新商工会に加盟したのは、わずか二十人……約五パーセントか……」
ユーリの呟きに、隣からそっと、吐息まじりの声が返ってきた。
「……職人ギルドにつきましては、親方たちの反発が予想以上に強うございますの」
セリーヌは小さくため息をつきながら、少しだけ肩を寄せる。
声はあくまで柔らかいが、その奥に滲む疲労と困難の重みは隠せなかった。
「今も、クロエとロザリーが村長たちと、エリゼとエレナが親方方との交渉にあたっておりますわ」
言葉の終わりに、わずかに視線を伏せた彼女の横顔は、穏やかで――
どこか翳りを帯びている。
「ああ、だから今日は姿が見えないのか……」
ようやく合点がいったように、ユーリは小さく息を吐く。
その隣で、リリアーナがそっと小首を傾げ、静かに口を開いた。
「それにしても……職人の方々の加盟、少ないのですね」
問いかけるようなその声に、セリーヌはわずかに目を伏せて応じる。
「ええ……もし旦那様が、イシュリアス辺境女伯を“誘拐”なさった際に――
おまけのようについてきた仕立屋の職人たちが協力してくださらなければ……
おそらく、十人にも届かなかったでしょうね」
(オマケって……いや、それ本命だったよね!?)
ユーリが心の中でひとりツッコミを入れる。
けれどグラフの推移に目を戻すと、やはり現実は厳しい。
「でも、貯蔵倉庫が一村だけっていうのは、やっぱりちょっと遅くない?
普通、もう少しテンポ良く進むもんじゃないの?」
そう言いながら首をかしげるユーリに、セリーヌはふっと視線を逸らした。
「いえ、それが……」
「何か問題でも?」
「……大工の親方衆が、ちょっと協力的じゃなくて……」
セリーヌは言いにくそうに眉尻を下げた。
その表情に、ユーリは静かに眉をひそめる。
「資材が届いてない……とか?」
「それも一因ですが……どう申し上げたら良いのか……」
もごもごと口を濁すセリーヌに、ユーリは肩の力を抜いて言った。
「じゃあ、明日、直接聞きに行ってみようか?」
その言葉に、セリーヌはふっと笑みを浮かべる。
「まぁ……久しぶりのデートですわね」
「えっ!?」
思わず振り返ると、彼女はまるで冗談めかしているような、
でもどこか期待に満ちた眼差しでこちらを見つめていた。
(デートって……仕事だよね? でも、セリーヌがそんな顔するなら──
まぁ、いっか)
そう思いながらユーリは次のページへと進める。
「次は、農業改革と産業育成だけど……」
「私ですね……」
リーゼロッテが控えめに手を上げる。
「残念ながら、こちらも進捗は思わしくありませんの。大工や石工の方々が、別の案件に取られてしまっておりまして……」
プロジェクターに映し出されたのは、レーベルク男爵領の領都の地図だ。
中心に位置する都市核、それを衛星のように囲む村々、さらにその外側の森や畑までもが、大きな外郭城壁にすっぽりと収められた『壁内農村都市』である。
しかし、その中でも実際に開墾が済んだ休耕地は、まだ全体の一割程度に過ぎない。
地図上では、開墾済みの土地が色分けされているが、まだまだ空白が目立つ。
「そっか……自給率も半分切ってるもんね……」
「えぇ……ランドルフ将軍の配下騎士団は、休耕地の開拓にも積極的なのですが──」
ランドルフ将軍。
イシュリアス辺境女伯リリアーナを攫ってきた際、脱出劇を陰で支えてくれた人物であり、その忠義深い騎士団は今も協力を惜しまない。
「男爵領の在地騎士たちは……あんまり動かない、ってやつか」
リーゼロッテは視線を少し落とし、慎重に言葉を選ぶようにして口を開いた。
「はい……。『貴族たる者が、なぜ農作業などせねばならぬのか』という古い意識が、今も根強く残っておりますの」
どこか申し訳なさそうに眉を寄せる彼女の横顔を見ながら、ユーリは静かにため息をついた。
「……飯がなけりゃ、守るべき領民もいないんだけどな」
「旦那様。以前、開墾してくださった狩猟場の件ですが――
椿油や櫨蝋の試作品、現在は順調に開発が進んでおりますわ」
リーゼロッテが急ぎ気味に話を切り替えると、ユーリは軽く頷きつつ、優しく微笑んだ。
「うん、ありがとうロッテ。それで蚕のほうは? 女の子たちに虫の世話をお願いするのは申し訳ないけど……」
ユーリがやや申し訳なさそうに言葉を続けると、アメリアの顔がわずかに引きつった。
「え、えぇ……その件につきましては、アメリアが本当に頑張っておりますの。
ですから……ぜひ、たくさん労ってあげてくださいませ?」
リーゼロッテが微笑みながら促すと、アメリアは頬を赤らめ、なぜか胸元をそっと押さえながら視線を泳がせている。
「あ、あぁ……アメリア、本当にありがとうね。あそこはレーベルク男爵領の将来を支える戦略的な拠点だからさ」
「は、はいっ! お、俺──」
勢い余って地の口調が飛び出し、アメリアは慌てて口をつぐむ。
「……『俺』? 後宮御殿に旦那様以外の男性はおりませんはずですわ――
それとも、ご主人様に“再教育”されたいのかしら?」
アイナの、優しさを含みつつもぴしゃりと響く小声の注意に、アメリアが背筋をピンと伸ばす。
その拍子に、ユーリが性転換時に設定した、やや大きめの胸がふるりと揺れた。
「わ、私も旦那様のためでしたら、命を懸けてお守りいたしますわっ!」
あまりにも真剣なアメリアの表情に、ユーリは少し驚きながらも、彼女が無理をしないよう穏やかに声をかけた。
「あー、その、命まで懸けなくていいからね? 本当に」
そのやり取りを聞きながら、リーゼロッテは静かに視線を資料へと落とした。
そして、少し間を置いて口を開く。
「ただ……すべてが順調というわけではなくて、まだ育ちの悪い蚕もおりますの。現在、育成条件について研究を進めておりますわ」
「蚕って、ただ葉っぱを食べさせてればいいってわけじゃないんだね」
問いかけるようなユーリの言葉に、リーゼロッテはこくりと頷き、慎重に言葉を継いだ。
「ええ。葉の与え方一つで糸の質が全然違ってきますし、温度や湿度の管理を怠ると、すぐ病気になってしまって……とても繊細なんです」
「マジか……それ、デリケートすぎない?」
ユーリが思わず眉を寄せると、膝の上でそっと頭を預けていたオフィーリアが、ふふっと微笑んだ。
「……旦那様のものと同じくらい、大切に扱わなくてはなりませんわね」
艶やかな黒髪の間から、アメジスト色の瞳がゆっくりと持ち上がる。
彼女はそのまま、いたずらを仕掛ける猫のように、静かに微笑んでユーリを見つめた。
(な、何を優しく扱ってくれるのかな!?)
その仕草に思わず息を呑み、ユーリは慌てて視線を逸らした。
そんな彼の動揺を知ってか知らずか、オフィーリアは甘えたように身を起こすと、ユーリの左太腿にそっと身体を預け直した。
「次は私から――産業の立ち上げ状況と、パサージュ出店の進捗についてご報告いたしますわ」
(うぉ……こ、これは……)
柔らかな感触の奥に、布越しでもはっきりとわかる、ほのかな突起。
そのささやかな刺激が、じわじわとユーリの理性を侵食していく。
(落ち着け、俺……! ここで立ったら、会議どころか色々と終わってしまう!!)
「イシュリアス辺境伯領から来た仕立屋職人のおかげで、絹織物を使った仕立て自体は可能なのですが……」
オフィーリアは少し困ったように眉をひそめ、言葉を続ける。
「もともと、この領の職人方は、皇国から輸入された完成品の絹布を扱うことに慣れていらっしゃいましたの。
ですから、自ら糸を繰って、織物へと仕上げる工程には……あまり習熟されておりませんのよ」
彼女の説明に、ユーリは熱を帯びた頬を冷ますように、何度も頷いた。
そんな彼の様子に気付いたのか、オフィーリアは意味ありげな微笑みを浮かべつつ、指先をそっとユーリの膝から内腿へと滑り込ませてくる。
布越しに伝わるその柔らかな感触が、彼の理性のブレーキをじわじわと軋ませていく。
(ちょ、まっ、なんとか冷静にならないと!!)
「け、けど絹糸って……引っ張ればピーッと出てくるもんじゃないの?」
オフィーリアはにっこりと笑みを浮かべると、
「そんなに簡単なものでしたら、誰にでもできますわ。
でも実際には、ほんの少し力を入れすぎただけで――すぐに、ぷつりと切れてしまいますの。
まるで……」
その視線がふいに下腹部へと流れ、ユーリは反射的に話題を戻した。
「ぎ、逆に、弱すぎても絡まるとか……?」
「ええ。絶妙な力加減が求められますの。
上手く、出すときには力を入れて、抜くときには抜いてあげませんと……
出るものも、出ませんのよ?」
(出るのは糸だよね!? 絹糸の話だよね!?)
ユーリが内心でつっこみながら目を逸らすと、オフィーリアは何事もなかったように視線を戻し、涼やかに微笑んだ。
「皆さま、何度も繭を無駄にしては、少しずつコツを覚えている状態ですわ」
「な、なるほどね……そりゃあ生産速度も上がらないわけだ」
「特に織りの工程が――本当に難儀ですの。
絹糸はとても細くて脆うございますから、張りの調整や織り目の密度を保つにも、相応の熟練が必要になりますの」
「織機自体が結構複雑だからなぁ。壊れたら直すのも大変だろうし……」
(日本昔話の織機って、パタンパタンで布が出来てたけど……絶対あれウソだよな)
「はい。旦那様のギフトでいただいた織機を、職人たちが何度も分解しては組み立て、勉強を重ねておりますの。
ただ、なかなか……一朝一夕にはまいりませんわ」
「ああ、全然気にしなくていいよ。壊れたらまた新しいの調達できるし、どんどん使って」
その言葉に、オフィーリアの睫毛がわずかに揺れた。
一拍だけ言葉を留めた後――ふわりとした声で囁く。
「……旦那様。そんなに優しくされては、また甘えたくなってしまいますわ」
そっと身を寄せながら、オフィーリアはユーリの耳元で息をかけるように囁いた。
その膨らみが、やわらかく脚に押し当てられ、さらに中の感触まで――
ふふ、と小さく微笑む気配がした。
「旦那様、また顔が赤くなっていらっしゃいますわ。……可愛らしい」
(や、やめてくれ……お願いだから……! もうこれ以上されたら、爆発するから!!)
【あとがき】
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