3.現役犬さんのマッサージ講座
「・・・ヮン」
からあげは笑い声をあげないように必死だった。
四畳半の和室。座布団の上に背中を上にしたうつ伏せで茶色のもふもふのからあげが寝ている。
ミサは一生懸命ペット専門学校で習ったマッサージをしていた。
「あら〜凝ってますね〜からあげ、毛がもふもふで気持ちいい!こっちが癒されるよ〜」
そう言いながら背中をモミモミしている。
とにかくくすぐったいワン!!足の裏をくすぐられている気分だワン!!
・・・と叫びそうなのを我慢しているからあげ。
笑い声も出そうだ。もふもふの毛がプルプル震えている。
でも、真剣にマッサージするミサを気遣って、言うタイミングを見ていた。
でもでも、もう・・・限界だ!!
「ワンハハハハ!ごめんワン、すごくくすぐったいんだワン!」
言ってしまった。
せっかく真剣にマッサージしてくれていたのに。
怒られてまた捨てられるかもしれない・・・
からあげは前の飼い主のことを一瞬思い出していた。
もう、あんな思いはしたくない。
「からあげ!」
怒られる!思わず目をつむった。
「くすぐったいの?ごめんね。力が弱いのかな?」
ミサはメモ帳とペンを取り出してからあげに聞いている。
安心したからあげはミサのために一生懸命考えているようだった。
「そうワンね・・・遠慮しすぎだと思うワン。もっと強くやったら気持ちいいはずだワン」
なるほど・・・
今まで、犬に気を使いすぎて力が弱かったのかも。
くすぐったいのが嫌で犬に噛まれたのかもしれない。
ミサはメモ帳に「もっと強く!」と書いた。
「あと、首周りもマッサージすると気持ちいいと思うワン」
「さすが!現役犬さんの声はとっても参考になる!」
もう1度マッサージしてみた。
「じゃあ・・・失礼して、もふもふで気持ちいいね〜強めにモミモミしますね〜」
「ワオーン!いい感じだワン、ほぐれて気持ちいいワン」
からあげは気持ちよさそうに前足と後ろ足を伸ばした。
一直線になったもふもふの体は「気持ちいい!」と全体で表現している。
からあげはミサにマッサージされて、そのまま眠ってしまった。
◇
次の日。今日もマッサージ実習がある。
「マッサージ実習で犬に噛まれるのは力が弱いから」
と分かったから、強めにマッサージするぞ!と意気込んでいた。
「ミサならできるワン!応援してるワン」
朝、一緒に散歩しながら言われたからあげの言葉を思い出す。
初めて一緒に散歩したのだが、からあげは敵からミサを守ろうと必死な様子。
敵とは・・・他の犬や猫、鳥だ。
散歩中の他の犬が来たら、「ワンワン!」と吠えてミサに近付かないようにする。
猫や鳥が近くに来ても吠える。
そして、チラッとドヤ顔でミサを振り返るのだった。
可愛かったなあ。からあげ。
休み時間に思い出していた。
「はあ〜い、こんにちは。今日もマッサージ実習やっていきましょう!」
講師の藤岡先生が元気よく言う。
ミサの他に20人いる教室。クーラーは効いているがセミの声が入ってきて少し暑い気がする。
「少し強く・・・よし!」
心の中でミサはつぶやいた。
「ジョンくん、こんにちは〜じゃあ、マッサージしていきますね。まず背中から・・・」
今日の担当は2匹。まずはダックスフンドのジョンくんだ。
薄茶色の毛がサラサラで、とってもかわいい。
サラサラの背中を触って、指に力を入れてマッサージを始めた。
いつもより少し強めに。
すると・・・ジョンくんは「ヮウーン」と気持ちよさそうな鳴き声を出して、
コロンっと横になってしまった。
もちろん、噛まれない。
ミサは嬉しくなった。今までたくさん噛まれてきたのに!
同じような強さで続ける。
マッサージ実習1匹目は大成功だった!
と、藤岡先生が机の間を通ってみんなの様子を見ている。
「あら、ミサさん、ジョンくんとっても気持ちよさそうね。
上達してますね」
とにっこり微笑んできた。
初めて藤岡先生に褒められた!
小躍りしたくなる気持ちを抑えて「はい!」と元気よく答えたミサ。
これは、からあげにお礼のおやつを買って帰らなきゃ。
さて、問題は・・・2匹目のレオくん。
シバ犬でとってもかわいい見た目。
その見た目とは裏腹に噛む!引っかく!
緊張で汗をかいてきた・・・
「レオくん、こんにちは〜マッサージ、していきますね」
と、背中をさっきと同じ強さで同じように押すと、
「ゥウウ!ワン!」
ミサの白い腕を噛んできた。
どうして・・・泣きたい気持ちだったがレオくんをなだめるのに必死だった。
◇
「ミサ〜実習のジョンくん、気持ちよさそうだったね!すごいじゃん!」
友人のミサが休み時間に話しかけてきた。
「うん!レオくんには噛まれちゃったけど・・・ジョンくんは喜んでくれてた!
やっぱり現役犬さんにマッサージの練習させてもらったからね」
「???ミサ、犬飼ってるの?」
「うん、最近拾ったんだ。茶色の見た目だから、からあげって名前」
「絶対かわいい!今度学校に連れてきてー!」
ミサの通うペット専門学校はペットを連れてきていい校則になっていた。
クラスでも犬や猫、ハムスターを連れてくる子もいる。
そうだ!からあげに来てもらうって思い付かなかった!
◇
「実習、ジョンくんは上手くいって良かったワン!
レオくんは、何か別の原因がありそうワンね」
ミサが買ってきたおやつをガツガツ食べながら、からあげが言う。
「そこで!からあげ、明日学校に一緒に来てくれない?」
「行っていいワン??ミサと一緒にいられるなら嬉しいワン!」
そう目を輝かせて言ってくれた。
よし!明日はからあげと一緒に学校に行こう!