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悪役令嬢の行く末は断頭台か王妃の座か

作者: 鬼柳シン

『皇歴千年、四月一日。次期国王候補である第一王子と婚約者である公爵令嬢が死んだ』


 私は今、王城地下にある尋問室に座らされながら、手元に用意された紙に以上の事を記した。

 すると、ペンで書いた文字が赤く発光する。それを見て、机を挟んで向かいにいる騎士たちと、なによりこんな薄暗い場に相応しくない格好をした第二王子クルシュが眉間にしわを寄せる。


 クルシュが何か言う前に、私はクックと声を殺して笑った。不気味にでも思ったのか、クルシュは身を引いたが、すぐに私を見据えた。


「この紙は嘘を書くと文字が赤くなる。辺境伯令嬢ならそれくらい知っているだろう?」


 「その通りですね」。私はそんな返答を返そうとして、抑えていた笑いがもっと込み上げてきた。

 声を上げて笑う私に、クルシュは深い溜息を吐き出しながら、本当の事を書くように迫った。


「いいか? もう嘘はなしだ。真実を記して罪をその身に受けるなら、断頭台には送らないでやる」


 断頭台に送らない。それを聞くと更に笑いが込み上げてきたが、私は口角を上げたままペンをとり、こう記す。「この私イザベラが第一王子と公爵令嬢を殺した」と。


 文字は青く光り、クルシュは酷く顔を歪ませた。


「真実を書くと青く光る……ならば、やはり殺したのはお前か」

「ええ、その通りです」

「……どうやって殺した? 兄上の警備は厳重で、共にいた公爵令嬢も次期王妃として守られていたはずだ」

「なぜ殺した、ではないのですね」


 私の返答に、クルシュは数舜の沈黙を置く。だがやがて騎士たちへ下がるように命じた。

 騎士の誰もがクルシュの身を案じていた。こんな殺人鬼と二人にはできないと反論した。


 だが、クルシュが王族の命令だと告げれば、騎士たちは不安を顔に浮かべて尋問室を出ていく。


 王城の地下にある尋問室には、辺境伯令嬢に過ぎない私と、第一王子の死によって王位継承権を得たクルシュが残る。


 クルシュは咳払いすると、順序を追って話すように言う。

 まずは「どうやって殺したのか」。それから「なぜ殺したのか」。


「兄上の遺体には外傷がない。私はお前が異端の魔術を使って殺したのかが気がかりなのだ」

「それはそれは……おかしなことを気にかけるものですね。とはいえその口ぶりですと、まるで異端の魔術で殺していないと応えてほしいように聞こえますが?」

「……いいから答えろ。どっちにしろ二人も殺したのなら理由も方法もあるはずだ。そして両方とも常人じゃ出来ないことだ」

「私は常人じゃないと?」

「二人も殺して、下手なことをすれば即刻断頭台へ送られるというのに嘘をついて笑うような女が正気だとでも言うつもりか?」


 まったくもって正論だ。私は笑みを浮かべながら、まず人差し指を立てた。


「殺した方法ですが、簡単です。夜会の場にて辺境伯令嬢として挨拶へ向かった際、遅効性の毒をワインに忍ばせていただきました」

「毒だと? そんな物をどうやって持ち込んだ。この国はそういった危険物の輸入や生産には厳格な精査が入るのだぞ。手に入れるにしても持ち込むにしても、いったいどれだけの壁が立ちはだかるか……」

「あら、第二王子殿下は毒の入手法についてお詳しいようですね?」


 言うと、第二王子は身を震わせた。しかしすぐに声を荒げる。


「話を逸らすな! お前はどうやって毒を手に入れ、あまつさえ夜会の場に見つかることなく持ち込んだ!」


 問いただしてくるクルシュに、やはり笑いが込み上げる。

 それくらい、この人なら知っているだろうに。立場が違えば、クルシュが毒を手に入れていたかもしれないというのに。


 なんとか笑いをこらえながら、私は顔を赤くしているクルシュへ答えた。


「私の生家は辺境伯家です。この国の国境ギリギリに領地を持ち、敵国や賊の侵入を防いできました。しかし時には何も知らない行商人もやってきます。その積み荷に加工すれば毒となる鉱石や薬草を乗せて、毎日のようにやってくるのです」


 後は簡単だった。私はお父様が積み荷を確認する前に行商人から毒物の原料となる物を買い取り、生家の書庫で作り方を学んだ。

 いくらこの国が危険物に対して厳重な取り決めを設けていても、いざ戦争となって戦う時に矢面に立つ辺境伯家はそういった物についても知らねばならないのだ。

 主に解毒の方法が記された書庫の本からでも、私は逆算して毒を作った。そうして、王都で流行っているというネイルとやらに遅効性の毒を仕込んだ。


 ほんの一瞬でもワインに触れたら溶けてしまう毒を、第一王子と婚約者のグラスに紛れさせたのだ。


 決して異端の魔術などではない。私は私の持ちうる知識と環境と欲望をもって、二人を殺した。


 それらを口にし、嘘ではないと確認するためにペンで書けば、見事に青く光ってくれた。

 クルシュはしばらく驚いていたが、やがて怒りの形相を浮かべる事はなく、とても静かな顔つきで口を開く。


「なら、なぜ殺した?」

「……幸福になるため、と言ったらどうします?」

「狂人の殺人鬼が求める幸福など、私は興味がない」

「狂人というのが、いつでも取り外すことのできる仮面だとしたら? 仮面を取ったら田舎者と蔑まれ、ロクな婚約者もおらず、この先も王都に行く機会など人生で数えるほど。そんな女だとしたらどうです?」

「何が言いたい……?」


 私は笑うのをやめた。スッと顔つきを正せば、クルシュも私を見る目を変える。


「人の生まれは選べません。私は辺境伯家に生まれ、泥臭い騎士に塗れて育ちました。お父様も、私が理想とする身分が高く端正な顔立ちの方ではなく、武勇に優れる筋骨隆々の男を婚約者に選ぶでしょう」


 それが、私の運命だった。更に、


「あなたもまた王位継承権二位という立場に生まれ、月日が経つにつれて次期国王の座は覆せなくなった。そんなあなたの心境、私には分かります。時が戻らないのですから、生まれは決して変えられない呪いとも言えるのですから」


 クルシュは少しすると、小さな声で「呪いか」と呟く。そして、続けるように促した。

 もう笑うことはない。今の私は、野望を叶えるために氷のように冷たくなった「仮面」を被っているのだから。


「人は生まれた後に知識を身に着け、力を得て、自分の人生に抗うこともできます。いくつもの仮面をかぶり、私の中にある良心が邪魔をしないようにしてから、報われるために抗う――運命を覆し、望む幸福を掴むために」

「……では、お前の望む幸福とは何だ。これだけの大事をして、何を望む?」


 凛然とした表情のまま、私は告げる。「王妃」だと。

 クルシュはさすがに面喰ったようだったが、すぐに「なるほど」と口角を上げた。


「次期王妃を殺し、お前が王妃の座に付こうとしていたのか?」

「そうだとしたら、私の相手は第一王子になってしまいます。未来は輝き、憧れの対象であり、皆から好かれる。私とは正反対の成功し続け、この先も成功を積み上げていく人間。釣り合うはずもありません。ですから、相応しい相手が次期国王になってくださるように第一王子も殺しました。そうして、私と同じように虐げられてきたあなたが王位継承権を得た」

「……つまり、私と婚約を結びたいとでも?」

「はい」


 あまりの即答ぶりにクルシュは目を丸くしたが、やがてクククと笑った。


「面白い女だ。辺境伯領を守らせておくだけでは勿体ない。なにより、問題ごとが起きた時に”話も合いそうだ”」

「ええ、私ならご所望の品を辺境伯領から王都へ届けさせることが出来ます」


 毒物、新たな武器、傭兵……全ては辺境伯領から入ってくる。

 私の一声と、クルシュの権力。それらが合わされば、お父様を黙らせることなど容易い。


 クルシュが王位を継いで、面倒な問題が起きたら私が処分する。良心を隠す仮面をかぶって。


「私を誰もが羨むような王妃にしてくださるのなら、ご所望とあれば、いくらでもクルシュ様の邪魔になる相手を消しましょう。その時の相談はつつがなく進むでしょうから」


 クルシュも途中から気づいていた……いや、期待していたかもしれない。

 私という、辺境伯令嬢という高い身分と自分と同じような境遇の相手が、似た思考の持ち主であることを。


 クルシュがいくらか笑うと、私へ歪んだ視線を向けた。


「お前の野心とそれを実現する覚悟は伝わってきた。自らの願いのためなら人を殺すことを厭わないというのも、ある意味では強い国として栄えていくために必要になるだろう」

「では……?」


 クルシュは少し考えてから、本当に面倒事を片付けるのかと念を押してきた。だが、私はフッと笑って答える。


「この話がうまくいかなければ、私は断頭台行きだったんですよ? まだあなたとは話したこともないというのに、噂話と立場だけを見て、二人を殺しました。どれだけ報われるために身を捧げたか……惨めに望まぬ生を続けるなら、賭けに出て最悪死んでも構わない。そんな私が、王妃という立場を揺るがす相手に手心を加えるとでも?」

 

 あるはずがない。むしろ徹底的にやる。それが伝わってか、クルシュはクククと笑うばかり。


「いいだろう、邪魔者も消してくれたことだし、私はお前を気に入った。婚約を結ぼうではないか。無論、お前の罪は私がもみ消しておこう。今後も汚れてもらうがな」


 どうだ? と差し伸べてきた手を、私は掴む。握手を交わすと、ニヤリと笑った。


「これであなたも共犯者……王族殺しの大罪人です」

「知った事ではないな。これからは私がこの国を操っていく。兄上のことなど、すぐに誰も思い出せなくするまでだ」


 王城の暗い地下室で交わされた密約。それはこの国に繁栄をもたらすことになった。

 しかし繁栄の陰にはいつも、誰かの笑い声が聞こえたという逸話が遺されることになる。


 いつしかこの国は、「笑う死神に守られている」として、隣国から恐れられる大国へと発展を続けた。

【作者からのお願い】

最後までお読みいただきありがとうございました!


「面白かった!」、「これからは二人で悪だくみに勤しんでね!」

と少しでも思っていただけましたら、広告下の★★★★★で応援していただけますと幸いです!


執筆活動の大きな励みになりますので、よろしくお願いいたします!

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