第3話 剣の極致
「ん〜…なんかないかなぁ…」
ヴァニス・フェリクスとして転生してから、五年の月日が経過した。
最近書庫にある魔法関連以外の本を読み切り、やることがなくなってしまったのだ。スマホやパソコンでもあれば暇も潰せるのだが、この世界にそんなものがあるわけがない。
ならば魔法を独学で学ぼうかなと思い魔法の本を見ていたのだが、パクスパパが6歳からしか使ってはいけないと怒られてしまった。
ここで隠れて独学で学びいつの間にか最強に…なんて物語の主人公ならそんな発想にでもなるのだろうが、俺はちゃんとパクスパパの言いつけを守り、一切魔法の本には手を付けていない。
それにはパパが教えてくれた話が関係している。なんと6歳までに無理をして魔法を使い続けると、魔力を使うための器官が消耗して魔法が使えなくなってしまうらしい。
そのため最近はあの白いうにょうにょも出さないようにしている。
これで大人になってあなたは魔法が使えませんなんてことになっては絶望だからな。それに、6歳になれば魔法の講師もつけてくれるそうなので安心というわけだ。
そのためやることがないのである。
もちろん数学や世界史などの勉強も1年間くらいはあったのだが…まあ、簡単すぎて大半が年齢以上のところまで進み1年も掛からず大体の範囲が、終わってしまったのだ。
それもそうだろう。足し算や掛け算やらは流石に間違えるわけもないし、世界史については新しいことに興味が湧きすぎて大体家にある本で調べ尽くしてしまった。
それに前世できなかった勉強が楽しくて、1日で教師の人がもう今日はやめましょうと言うまで続けていたからな…
最近は貴族としての立ち振る舞いや言葉遣いをテネルママから学んでいるところだ。だがそれはお昼からなので、朝は屋敷の中をブラブラと探索しているというわけだ。
ふと、廊下を歩いていると、鍛錬場で動く影が目に入る。
「あれは…父上と…ラーミナ?」
そこには、白い髪に赤い瞳の美少女がいた。
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「ふっ…はっ!」
子供用の小さな剣をただひたすらに振るい続ける。
「………ラーミナ。そろそろ休憩だ」
「はいっ!」
パクスにそう言われたラーミナと呼ばれる少女は手を止める。
体力に余裕はあるが、まだ行けますなどとは言わない。パクスがそう判断したのならば、休憩すべきだと理解しているからである。
「ふむ、まだ幼いのに随分と様になっているな…」
「あ、ありがとうございます…!」
「だが、やはりまだ6歳ということもあるし、身体がしっかりとできてから対人戦に切り替えたほうがいいだろう」
「そうですか…」
ラーミナは、フェリクス家に仕えるメイドの長、メディウスの娘であった。
3歳の頃、庭で目撃したパクスの剣技に魅了され、それから必死に母に頼み込み、6歳になってようやくパクスに剣を学ぶことができるようになったのであった。
もちろん勉強や使用人としての仕事を疎かにしないようにも気をつけている。
いつものように素振りを終え、パクスに角度や姿勢について学ぶ。
そうやって休憩時間を過ごしていると、屋敷の方から一人の少年が現れた。
ヴァニス・フェリクス。銀色の髪と紫色の瞳。とても整った顔立ちの美少年だ。
赤ちゃんの頃はただ泣かないだけの赤子だったらしいが、彼が3歳の頃、屋敷に招いた教師達全員が彼に教えることはないと屋敷を去った。それから、彼の異常性が明らかになる。
子供とは思えないほどの知識量と大人顔負けな言葉遣いや計算能力。まさしく生まれながらの天才というものであった。
王都の方では教師によって他貴族に語られた話が独り歩きし、フェリクス家の神童と呼ばれていたりもするらしい。
(……何故、ヴァニス様が…)
鍛錬場に彼が現れるのはとても珍しい。いつもは部屋や書庫、奥様の部屋を行き来しているので、目にする時といえば食事の配膳や廊下ですれ違うときくらいだ。
「おはようございます、父上。剣の鍛錬でしょうか?」
「おお!ヴァニスじゃないか!今日は読書じゃないのか?」
「そうですね…魔法以外の本は粗方読み終わりましたので…」
「ぬ?そうか。新しい本が必要か?」
「いえ、もう大体のことはわかりましたので特に…」
まるで目上の相手にでも挨拶をするように親に接するヴァニス。
丁寧で誰に対しても優しい性格と、その美しい姿と振る舞いはフェリクス家の使用人から大人気である。
「ラーミナもおはよう。父上から剣を学んでいるの?」
「……はい」
だが、ラーミナは彼が嫌いであった。
性格とか、外見とかそういうことではない。ただ、パクスはラーミナとの鍛錬をヴァニスと用があるという理由で稀に断るからである。
親が子を優先するのはわかる。だが、感情はそれを認められない。つまり、子供特有の嫉妬というわけだ。
「あ〜…うん…あっ!そういえば、僕は父上が剣を振ってるとこ、見たことがないのですが…」
「ぬ!?本当か?」
「そうですね。ここ一年はずっと書庫に篭りきりでしたし…一度父上の実力を見せてはもらえませんか?」
「ふふん…そうか。俺の力が見たいか!よし、そこでしっかりと見ているがよい!」
すると、パクス様は上機嫌に鍛錬場の中心に向かう。
(パクス様の剣が見られるのなら…)
教えてもらう時間は彼によって奪われてしまったが、パクスの剣が見られるのならと怒りを収めた。
パクスは、腰に差した剣を静かに抜く。
真っ赤な刀身の剣は、まるで芸術品のような美しさがある。
そして、パクスは剣を振るった。
「─────…────……」
まるで風の間を縫うような、一切の音を鳴らすことのない神速の斬撃。
一太刀、二太刀、三太刀…
丁寧に、大切な誰かに魅せるように振るわれるその一振り一振りには、一つの『想い』が込められていた。
そして、ゆっくりと剣を下ろす。
「おぉぉ…………!!」
その光景を見たヴァニスは、年相応の笑顔で拍手をしていた。
羨ましい。そう思ってしまった。
あの剣は、彼に向けて振るわれた剣だったから。
「ど、どうだ?ヴァニス…」
「す、素晴らしいです父上!僕は父上のことを誤解していました!」
「そうか!素晴らしいか!俺は自慢の父か!!そうだろうそうだろう…む?誤解?まてヴァニス、今まで俺のことをどう思って…」
親子のように話す二人。
(いいえ、当然ですよね…二人は親子なのですから…)
そんな二人を、ずっと羨ましそうに遠くから眺めるラーミナ。
ラーミナが生まれたときには、もう父親はいなかった。母であるメディウスは、父親について何も語らないので、どんな人物だったのかも全くわからない。
当然母から愛されていることは知っている。欲しいものは買ってくれるし、勉強や仕事ができれば褒めてくれる。悪いことをすれば怒ってくれるし、失敗すれば励ましてくれる。
(ただ、あんなふうに喜ばせてくれるようなことは一度も…)
暗い感情が、少しずつ膨れ上がっていく。羨ましいなんて軽いものではなく、もっとドロドロとした妬ましいという嫉妬が…
(いや…そんな事ない)
黒く染まっていく心を理性でどうにか抑える。
父親がいなくても自分のことを見てくれる母がいる。父親がいなくても自分のことを応援してくれる使用人の仲間たちがいる。父親がいなくても剣を教えてくれるパクス様がいる。
(だから、大丈夫です…ラーミナ…)
そうやって深呼吸をしながら休んでいる間にも、向こうの話は進んでいたようだ。
「どうだ?剣を学んでみないか?」
「よろしいのですか?」
パクスからの提案を聞き驚くヴァニス。
「駄目なわけがないだろう。貴族であろうとも安全でないときは必ずある。そのときに自分を守ることができるのであればそれに越したことはないだろう?」
「そうですね…それじゃあ僕もご一緒してよろしいですか?本格的に運動もしてみたいと思っていたところですし」
「本当か!よし、じゃあ早速…」
「あ、父上。実はこのあと母上に呼ばれていまして…」
「ぬ?そうか…それじゃあ明日の朝、ここに来い。それから色々と教えてやろう」
「はい!それでは僕はこれで……父上、彼女は女の子なのですから、あまり無理はさせないようにお願いしますよ?」
「ぬ…善処しよう」
そうしてヴァニスは、ラーミナを気にかけるようにとパクスに言い、鍛錬場を去っていった。
「……よし。それじゃあ剣の鍛錬を再開しよう」
「…はい」
その時のラーミナは、パクスがヴァニスがいなくなり自分のことを見てくれるという喜びと、明日から毎日ヴァニスが鍛錬場に来るという悲しみの感情で、とても絶妙な表情をしていたのであった。




