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看板を出していないお店で・潮が満ちてくる頃に・濡羽色のカードを・欲しいと思ったのがすべての始まりでした。


「どうぞいらっしゃいまし」

 店主の声音は機械的であった。そもそも機械であるから印象の通りだった。旧式の機械である。新式の機械は、どんどん声音は二足歩行の声帯に近付いてなめらかで柔らかくなっているから、旧式のいかにもロボットであろう声になんだか少し安心感を覚えた。来店したのは悪魔である。悪魔といっても、人間が想像するようなおどおどろしい見た目で、人間を作り出した神の反逆者ではない。人間の文明よりも何千年も先取りした彼らは、機械を主に労働力として自身の時間を持て余した者共である。生きるのに不自由のない彼らは、まだ基準に満たない原始の文明にちょっかいを出し、過去に未来の物を混ぜて彼らの歴史をかき回し、あるいは歴史そのものの流れを変えて楽しんでいるような未来人の集まりである。その悪魔の力を祓おうとし、人間の中でも賢き者が天使と呼ぶ未来人に力を借りようと、薬によってトリップしたり厳しい修行で己の次元を高めてようやく末端に触れることが出来ていた。だがそれは人間の中でも効率が悪いと感じられたのか、彼らの文明が進むに連れてその天使との接触は次第に形骸化し、実際の天使に触れる者はほとんど少なくなった。

 天使は未来人である。だが彼らは、あるがままを愛する傾向があり、悪魔にかき乱される星を哀れんでいたが、彼らは奥ゆかしい気質がある。彼らは、悪魔と対立する気がないからだ。だから表だって彼らを支援するのは好まない。だから一心不乱に祈った人間の願いをぽっと叶えては立ち去ってしまう。そのため、世界をかき乱す神の本当の姿は悪魔であることがある。そして天使を、人間は悪魔と呼ぶことがある。あべこべの姿を、人間が本当の意味で知ることはない。だから悪魔は今もなお自由に、天使は粛々と未開の文明に手を入れているのだ。

 旧式の店主がいるのは、看板がないものの明らかに店舗のたたずまいである建物だ。民家であったらと思ったが、ある若い悪魔はその店に思い切って入ってみた。彼らの文明は進んでいるが、娯楽はもっぱら未開の星への介入であり、彼ら自身が何かを生み出すことに意義を見いだしていない。だから店舗で何かを売ることは物珍しいのだが、悪魔が見渡すもののそこには民家らしい家具や家電しかなかった。だが旧式である。旧式の民家を再現している博物館だ、と言われたらわかるのだが、何かを売っているのだろうか。もしかしたら博物館かもしれない。若い悪魔はがっかりして店を出ようとしたが、ふと、店主の方を見やった。

 「ここでは何かをお売りになられるの?」

 「ええ、人間を」

 若い悪魔はどきりとした。ロボットの店主は、ウィンウィンと耳障りな音を立てなが手を動かすと、カウンターの下から薄い箱を取り出す。

 「ここにいるのは、今に飽いている人間たちです。その魂を、このような薄い紙にしまして、加工しております」

 「まあ。わざわざ紙にするなど非効率的ね」

 「その非効率を好むのが人間で、人間に合わせたものなのです。この魂を買っていただければ、その肉体も心も、すべてその人間になります。この紙を使えば、いつでもその人間になることが出来ます」

 「・・・ここは、認可を受けておりますの?」

 「どうでしょう。私はただ、店主を仰せつかった機械ですので」

 店主の前に並ぶのは、人間を思うがままにするための装置。現状に絶望し、悪魔にでも力を借りたいと願う哀れな人間の魂である。その中の濡羽色の髪の少女を見つけて、若い悪魔はどきどきと鼓動が高鳴った。久しぶりの感覚である。

 「この子」

 「はい」

 「この子をください」

 「かしこまりました。どうぞ」

 店主は何も求めずに、ただ若い悪魔に一枚のカードを差し出す。

 「彼女らがお待ちです」

 「お代は?」

 「お代は結構でございます。人間の魂を背負うのは想像以上に苦痛も伴います。そのお覚悟があれば、渡す決まりでございます」

 「わかりましたわ」

 若い悪魔は彼女をぎゅっと抱きしめた。きっとこれから楽しくなるという予感が、悪魔の胸にぐるぐる渦巻いて、口角が上がっていく。そうして、彼女を愛そうと決めた。これが悪魔の令嬢の始まりであった。


お題引用元:一行作家

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